16 混乱の砦
爆発音がした所にバースが到着すると、信じられない光景が広がっていた。
爆発が起きたと思われるのは、中央から送られてきた魔獣を捕獲、保管する為の檻だったようだ。
そもそも、この檻は数日前に突然送られてきた物で、中を確認する事も出来ず放置されていたものだった。
そして、この檻は魔獣を保管する為に作られているので、強度は半端なものではない。
その檻が、原型も分からないほどに大破していたのだ。
檻の残骸の散らばる中央辺りに、緑がかった白い塊が見える。中に入っていた魔獣だろうか。そして、その周囲に三つの騎士の装備が落ちていた。鎧、剣などの一式そろったものが、ぽつぽつと点在しているのだ。
「・・・あれは、連中の?」
その装備にバースは見覚えがあった。砦に残っている、自分以外の騎士の装備のようである。駆け寄って確かめようとしたバースの肩を、後ろから誰かが掴んだ。
「やめとけよ」
思わず腰の剣に手を掛け掛けたバースの耳に、聞いた事のある声が届いた。
腕組をして立っているのは、不機嫌そうな顔をしたザックである。何故か、右手に砦で飼っている鶏を持っている。ぐったりしているところを見ると、気絶しているか死んでいるようだ。
「ザックか、・・・どうして止める?」
バースは不審そうな目をザックに向けた。ザックは、元々グリアンソン隊長の率いる隊に所属していた騎士ではない。グリアンソン隊長が昇進した際に、再編成された隊に組み込まれたメンバーの一人であり、いわゆる新参者だった。
神経質で常にピリピリしているザックは、他の騎士との諍いも多く、隊の中では浮いた存在だった。
ザックはバースの不審気な視線を気にする様子はなく、右手に持っていた鶏を無造作に放った。
鶏は放物線を描きながら、一番近い装備品の山の所に落ちていく。
「・・・そんな、馬鹿な。一体何が」
バースの目の前では信じられない現象が起きていた。
落下していく鶏は地面に接触する前に、羽根が抜け落ち、肉が腐り、骨が灰になってしまった。
抜け落ちた羽根も空気に溶けるように、消えて行く。
「あんまり、近づかないほうがいいぜ。あんたも、鎧だけ残して消えてちまうぜ」
ザックは何時もと変わらない調子でバースに話しかけた。
「ま、鎧もそのうち、溶けちまうみたいだけどな」
ザックは大した関心もなさそうに呟く。確かに残っている装備品も、表面が細かくあわ立ちその姿は崩れ始めている。
「上、見てみろよ」
ザックは、やる気なさそうに上空を指し示す。バースがその先を追うと上空5メートルほどの所に、半径3メートルほどの魔法陣が描かれていた。
「上空に、魔法陣?・・・一体なんの?」
「上だけじゃねぇぜ。地面にも描いてある」
ザックの指摘どおり、地上にも魔法陣が描かれており、うっすらと虹色の輝きを放っている。
「この魔法陣の中に入ると、あんな風に溶けちまうぜ」
「では、罠かなにか?」
バースの考えにザックは馬鹿にするような目を向けた。
「罠?俺には、何かを封じてるように見えるけどねぇ。見ろよ、真ん中のほう」
ザックの言うとおり、魔法陣の中央、緑がかった白い塊の山が見えるほうを見ると、底から濃い緑色の靄のようなものが立ち登っている。
「真ん中の白い塊から出てるあの靄、あれが濃くなるほど、腐敗が早いみてぇだ。でも、この魔法陣からは出てこねぇ。」
「魔法陣が、靄が広がるのを防いでいると?」
「状況からして、そう考えるのが妥当じゃねぇか?」
「一体、どうなってるんだ・・・」
突然帰還し部屋から出てこない隊長、帰還しない他の騎士達、謎の爆発と原因不明の魔法陣と靄。
バースはこの砦で何が起きているのか、全く分からなくなっていた。
辺りは既に夕闇に包まれつつある。
砦にいる筈の奴隷達も、怯えているのか姿は見られない。
空が暗くなり始めた事により、魔法陣の姿をよりはっきりと見る事が出来た。
緻密な模様が光輝いて、幻想的な美しい光景が広がっている。
「さぁね。隊長は相変わらず、出てこねぇしな」
ザックは面倒そうにそう呟くと踵をかえした。
「まて!どこに行くつもりだ!」
バースは慌ててザックを呼び止める。しかし、ザックは振り向いたものの、迷惑そうに顔を顰めただけで、歩みは止めようとはしなかった。
「部屋帰って、寝るんだよ!」
「なっ、何を言っている!この非常事態に!?」
バースの怒鳴り声にザックは眉間の皺を深くすると、負けなような怒鳴り声を上げた。
「ここにいて、何が出来るつうんだよ!それになぁ、俺は言っただろうが、さっさと逃げねぇと、みんな死んじまうってなっ!?」
ザックは言い終わると、バースの方を一度も振り変えることなく砦の中に入って行った。
一人取り残されたバースは、呆然と立ち竦んでいた。




