11 ゾルウェストの森にて
残酷な描写あり
早朝の爽やかな空気の森の中を、十人ばかりの騎士が進んでいた。弓兵が二名、魔術師と思われる者が一名、残りのものは帯剣しているところから剣士のようである。
日が大分上り遺跡まであと少しという所で、一人の男が足を止めた。
ディランである。
それに合わせて、他の騎士達も足を止める。
「バンス、気配を探れ」
ディランはまだあどけなさの残る、少年騎士に命じる。
バンスと呼ばれた少年騎士は、他の騎士よりも軽装備で体格も華奢である。武器は細身のロッドであり、その出で立ちから分かるように魔術師だ。
「・・・おそらく、2体、気配を感じます。正体は、わかりません」
バンス少年はぼそぼそと喋り、その声は何とか聞き取れる程度のものだった。
「よし、その2体が魔獣だろう。これから、気配を消す魔法をかけて魔獣を囲むように動く、包囲が終了したら攻撃開始だ、いいな!」
ディランの指示に騎士達は僅かに頷くことで答える。
騎士達はディランと、副官であるオズワーの二組に別れて行動を開始した。
暫らく進むと、木々が少なくなり見通しがよくなって来る。
――あれか、見た事ねぇ魔獣だな・・・
ディランの目には巨大な虎が映っていた。黒い体躯は逞しく立派であり、3メートル近くあるだろう。
赤い縞模様の美しい獣だ。
黒い虎は地面に寝そべり、こちらに背を向け寛いでいるようである。気配を消す魔法をかけているため、此方に気付いている様子はない。
――・・・もう一体はどこだ?
ディランは自分の背後にいるバンスに視線を移す。バンスは軽く頷くことで答えた。
つまり、もう一体もあそこにいるという事だ。
――隠れて見えねぇだけか
黒い虎はまだ此方には気付いていない。仕掛けるならいまだろう。
ディランは右手側にいるオズワーに合図を送り、茂みから一斉に飛び出した。
黒い虎に剣と矢が襲いかかる。しかし、それらはどれ一つとしてその身体を傷つけることは出来なかった。
「なんだ、どうなってる!」
騎士達は一斉に虎から距離をとり、虎を囲うように円陣を作った。
虎に突き刺さるはずだった剣は、大岩に叩きつけたような感触がして弾き返された。
虎の赤い縞が光り輝き、歯を剥き出しにして唸り声を上げていた。その体には傷一つない。弓矢も刺さることなく地に落ちている。
そして、その傍らには深緑のローブを目深に被った人物が立っていた。おそらく、バンズが感じたもう一つの気配の正体だ。
顔が見えないため正確には分からないが、背格好と体格から女か若い男だと思われる。
「何者だ、ここは立ち入り禁止区域だぞ!」
ディランは相手の様子を観察しながら、誰何した。
見た限りでは武器などの携帯は見受けられない。
ローブの人物は質問に答えず、黒い虎が獰猛な唸り声を隣であげている。
――なぜ、攻撃が効かなかった?魔術師か?それとも
「我々はゾルウェストの砦の騎士だ。何者か答えよ!」
ディランの質問に返答する気配は見られない。ディランと騎士達は徐々に包囲を狭めていく。
ローブの人物は片手を黒い虎に背に乗せた。その様子を見て、ディランはギクリと足を止める。周囲の騎士達も警戒し、武器を構える手に力が篭っている。
「う、動くな!不審な行動をすれば、直ちに攻撃するぞ!」
ディランの声が聞こえていないのか、ローブの人物は虎の頭に耳を寄せる。
何かを囁いているように見える。
すると虎は唸るのをやめると、鋭い目つきで騎士達を睨みつけてくる。次にローブの人物が軽く背を叩くと、信じられない脚力で飛び上がり、空へと舞い上がってしまった。
「よ、翼獣!」
翼獣とは、空を飛ぶ事が出来る魔獣を総称して呼ぶ言葉である。翼の在る無しに関わらず、飛行する事が出来る魔獣はそう呼ばれていた。
黒い虎は軽々と空に舞い上がり、遺跡の方角へと飛び去っていった。
後には、ローブの人物と取り囲む騎士達だけである。
――遺跡の方に仲間がいるのか!
「ここで、一体何をしていた!」
――なぜ、こちらの質問に何故答えない!
一向に此方の質問に答えようとしない相手に、ディランは苛立ちを募らせていた。
「お前が何者で、ここで何をしていたのか、砦にて話してもらおう!」
そう宣告すると、ディランは副官のオズワーに視線をやる。
オズワーは僅かに頷き、ローブの人物にそっと近づく。その左手にはロープが握られていた。
「おとなしくしていろ」
オズワーがローブの人物の腕を掴もうとした時、相手が急に喋ったのだ。
「触るな、・・・気安く、触るな」
オズワーはぎょっと手を引っ込めた。その声は若々しいのに、ぞっとするほど禍々しく感じたからだ。
「何をしている!さっさとしろ、うすのろめ!」
ディランの怒鳴り声がオズワーを正気に返らせた。気をとり直して、再び腕を掴もうとする。
「あ、あれ?」
しかし、オズワーはローブに包まれた腕を掴む事は出来なかった。
オズワーの右腕が、肘から切断されていたからだ。
オズワーは呆然と自分の右腕見ていた。ピンクの断面と白い骨が見えたと思ったら、赤い鮮血が噴水のように噴出した。そして、オズワーの右腕を灼熱の激痛が襲う。
「あ、ああ!い、痛ぇ、いい、いいでぇえ!!」
オズワーは残る左手で右腕の傷を押さえようとして、それも出来なかった。
左腕も、右腕と同じように切断されていた。
「う、腕、う、でが!!お、おおお俺の、腕がぁあ!!」
オズワーは獣のような咆哮を上げ、血飛沫を上げる両腕を振り回した。
オズワーには、もはや痛いのか熱いのか分からなくなっていた。
――これは、・・・こ、こいつは人間じゃねぇ、魔獣でもねぇ!
ディランは両腕を失い、狂ったように叫ぶ己の副官を呆然と見ていた。
他の騎士達も時が止まったかのように、立ち竦んでいた。
ローブの人物は微動だにせず、同じ所に立っている。
「う、うおおおお!こ、殺せ、殺せぇぇ!」
ディランは恐怖を打ち消すように大声を出し、騎士達に命令した。
ディランの怒声を聞いて、騎士達が動き出した。その動きは恐怖に支配され、洗練されてはいなかったが、同時に容赦もなかった。
ローブの人物は動かない。剣がその首筋を狙っていてても、心臓を矢が貫こうとしても動じることなく、そこに立ち続けていた。
その反対に、騎士達は次々と斃れていった。腕が消え、足が消え、腹を抉られ、胸を貫かれ、首が飛ぶ。
眼に見えない何かに、切り刻まれていった。
一分後にはそこには、ローブの人物以外誰も誰もいなかった。
残るのは血の海と、肉塊になり果てた、騎士達の残骸だけだ。
むせ返るような血の臭いの中で、目深に被っていたローブを脱ぐと、森の一点を注視する。
その先には茂みが在るだけだが、先ほどディランが逃げ込んで行った場所でもある。
ローブで隠されていた髪は黒髪、紫と金の瞳が秀麗な顔のなかで輝いている。
「一人、逃げたか」
オズウェルは、血の海に佇みながらポツリと呟いた。




