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私の最高傑作は冥王です  作者: 屋猫
第一章 出会い
11/48

11 ゾルウェストの森にて

残酷な描写あり

 早朝の爽やかな空気の森の中を、十人ばかりの騎士が進んでいた。弓兵が二名、魔術師と思われる者が一名、残りのものは帯剣しているところから剣士のようである。

 日が大分上り遺跡まであと少しという所で、一人の男が足を止めた。

 ディランである。

 それに合わせて、他の騎士達も足を止める。


 「バンス、気配を探れ」


 ディランはまだあどけなさの残る、少年騎士に命じる。

 バンスと呼ばれた少年騎士は、他の騎士よりも軽装備で体格も華奢である。武器は細身のロッドであり、その出で立ちから分かるように魔術師だ。

 

 「・・・おそらく、2体、気配を感じます。正体は、わかりません」


 バンス少年はぼそぼそと喋り、その声は何とか聞き取れる程度のものだった。

 

 「よし、その2体が魔獣だろう。これから、気配を消す魔法をかけて魔獣を囲むように動く、包囲が終了したら攻撃開始だ、いいな!」


 ディランの指示に騎士達は僅かに頷くことで答える。

 騎士達はディランと、副官であるオズワーの二組に別れて行動を開始した。


 暫らく進むと、木々が少なくなり見通しがよくなって来る。

 

 ――あれか、見た事ねぇ魔獣だな・・・


 ディランの目には巨大な虎が映っていた。黒い体躯は逞しく立派であり、3メートル近くあるだろう。

 赤い縞模様の美しい獣だ。

 黒い虎は地面に寝そべり、こちらに背を向け寛いでいるようである。気配を消す魔法をかけているため、此方に気付いている様子はない。


 ――・・・もう一体はどこだ?


 ディランは自分の背後にいるバンスに視線を移す。バンスは軽く頷くことで答えた。

 つまり、もう一体もあそこにいるという事だ。


 ――隠れて見えねぇだけか


 黒い虎はまだ此方には気付いていない。仕掛けるならいまだろう。

 ディランは右手側にいるオズワーに合図を送り、茂みから一斉に飛び出した。


 黒い虎に剣と矢が襲いかかる。しかし、それらはどれ一つとしてその身体を傷つけることは出来なかった。


 「なんだ、どうなってる!」


 騎士達は一斉に虎から距離をとり、虎を囲うように円陣を作った。

 虎に突き刺さるはずだった剣は、大岩に叩きつけたような感触がして弾き返された。

 虎の赤い縞が光り輝き、歯を剥き出しにして唸り声を上げていた。その体には傷一つない。弓矢も刺さることなく地に落ちている。

 

 そして、その傍らには深緑のローブを目深に被った人物が立っていた。おそらく、バンズが感じたもう一つの気配の正体だ。

 

 顔が見えないため正確には分からないが、背格好と体格から女か若い男だと思われる。


 「何者だ、ここは立ち入り禁止区域だぞ!」


 ディランは相手の様子を観察しながら、誰何した。

 見た限りでは武器などの携帯は見受けられない。

 ローブの人物は質問に答えず、黒い虎が獰猛な唸り声を隣であげている。


 ――なぜ、攻撃が効かなかった?魔術師か?それとも


 「我々はゾルウェストの砦の騎士だ。何者か答えよ!」


 ディランの質問に返答する気配は見られない。ディランと騎士達は徐々に包囲を狭めていく。

 ローブの人物は片手を黒い虎に背に乗せた。その様子を見て、ディランはギクリと足を止める。周囲の騎士達も警戒し、武器を構える手に力が篭っている。


 「う、動くな!不審な行動をすれば、直ちに攻撃するぞ!」


 ディランの声が聞こえていないのか、ローブの人物は虎の頭に耳を寄せる。

 何かを囁いているように見える。

 すると虎は唸るのをやめると、鋭い目つきで騎士達を睨みつけてくる。次にローブの人物が軽く背を叩くと、信じられない脚力で飛び上がり、空へと舞い上がってしまった。


 「よ、翼獣!」


 翼獣とは、空を飛ぶ事が出来る魔獣を総称して呼ぶ言葉である。翼の在る無しに関わらず、飛行する事が出来る魔獣はそう呼ばれていた。


 黒い虎は軽々と空に舞い上がり、遺跡の方角へと飛び去っていった。

 後には、ローブの人物と取り囲む騎士達だけである。


 ――遺跡の方に仲間がいるのか!


 「ここで、一体何をしていた!」


 ――なぜ、こちらの質問に何故答えない!


 一向に此方の質問に答えようとしない相手に、ディランは苛立ちを募らせていた。


 「お前が何者で、ここで何をしていたのか、砦にて話してもらおう!」


 そう宣告すると、ディランは副官のオズワーに視線をやる。

 オズワーは僅かに頷き、ローブの人物にそっと近づく。その左手にはロープが握られていた。


 「おとなしくしていろ」


 オズワーがローブの人物の腕を掴もうとした時、相手が急に喋ったのだ。


 「触るな、・・・気安く、触るな」


 オズワーはぎょっと手を引っ込めた。その声は若々しいのに、ぞっとするほど禍々しく感じたからだ。


 「何をしている!さっさとしろ、うすのろめ!」


 ディランの怒鳴り声がオズワーを正気に返らせた。気をとり直して、再び腕を掴もうとする。


 「あ、あれ?」


 しかし、オズワーはローブに包まれた腕を掴む事は出来なかった。

 オズワーの右腕が、肘から切断されていたからだ。

 

 オズワーは呆然と自分の右腕見ていた。ピンクの断面と白い骨が見えたと思ったら、赤い鮮血が噴水のように噴出した。そして、オズワーの右腕を灼熱の激痛が襲う。


 「あ、ああ!い、痛ぇ、いい、いいでぇえ!!」


 オズワーは残る左手で右腕の傷を押さえようとして、それも出来なかった。

 左腕も、右腕と同じように切断されていた。



 「う、腕、う、でが!!お、おおお俺の、腕がぁあ!!」


 オズワーは獣のような咆哮を上げ、血飛沫を上げる両腕を振り回した。

 オズワーには、もはや痛いのか熱いのか分からなくなっていた。


 ――これは、・・・こ、こいつは人間じゃねぇ、魔獣でもねぇ!


 ディランは両腕を失い、狂ったように叫ぶ己の副官を呆然と見ていた。

 他の騎士達も時が止まったかのように、立ち竦んでいた。

  

 ローブの人物は微動だにせず、同じ所に立っている。


 「う、うおおおお!こ、殺せ、殺せぇぇ!」


 ディランは恐怖を打ち消すように大声を出し、騎士達に命令した。

 ディランの怒声を聞いて、騎士達が動き出した。その動きは恐怖に支配され、洗練されてはいなかったが、同時に容赦もなかった。


 ローブの人物は動かない。剣がその首筋を狙っていてても、心臓を矢が貫こうとしても動じることなく、そこに立ち続けていた。


 その反対に、騎士達は次々と斃れていった。腕が消え、足が消え、腹を抉られ、胸を貫かれ、首が飛ぶ。

 眼に見えない何かに、切り刻まれていった。


 一分後にはそこには、ローブの人物以外誰も誰もいなかった。

 残るのは血の海と、肉塊になり果てた、騎士達の残骸だけだ。


 むせ返るような血の臭いの中で、目深に被っていたローブを脱ぐと、森の一点を注視する。

 その先には茂みが在るだけだが、先ほどディランが逃げ込んで行った場所でもある。


 ローブで隠されていた髪は黒髪、紫と金の瞳が秀麗な顔のなかで輝いている。



 「一人、逃げたか」


 オズウェルは、血の海に佇みながらポツリと呟いた。







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