10 ゾルウェストの砦
時は少しさかのぼる。
ジュラとオズウェルが目を覚ます時まで。
ジュラとオズウェルが滞在する遺跡から、徒歩で半日ほどの所に真新しい砦があった。
実はこの地域一体は、ソルスト帝国の領地になってから日が浅い。
以前はトムスク族という、森で暮す少数民族の領地だった。半年ほど前に帝国がこの地域に侵攻し、森を開墾しトムスク族の大半は農奴に、若い男は下級兵士として徴兵していった。
トムスク族の集落は取り壊され、新しい砦が彼らの労力によって築き上げられた。
砦の設備や食料なども、全てトムスク族より徴収し、彼らの管理監視は帝国の騎士が行い、実質奴隷として扱われていた。
現在この辺境の砦を預かっているのは、ディラン・グリアンソンという中級騎士である。男爵家の三男として生まれた彼には、継ぐべき爵位も領地もなく騎士になるしかなった。
しかし、もとより低い爵位のため出世も望めず、剣の才能にも大して恵まれなかったディランは41歳という年齢にして小隊長に昇進し、そして、辺境への転任を命ぜられた。
それは、もはや昇進は望めないという最終通告と同じだった。
帝国において、首都である帝都クリスタバルから離れるほど、出世から遠ざかることになるからだ。41で辺境の砦に飛ばされたという事は、おそらく死ぬまで、辺境の地から栄転することはできないということである。
その現実は、ディランから少ない向上心や忠誠心を失わせるのに、十分な効果を持っていた。
――25年間の業績が、この薄汚い辺境の地の砦というのであれば、俺の好きにさせてもらう!
砦の指揮官であるディランは、自分の部下である15名の騎士と共に、隷属されているトムスク族を奴隷として扱い、砦での中で王のように振舞っていた。
占領して間もないとはいえ、大して魅力の無い土地であるため、中央の監視もさして厳しくない。
ディランは辺境の地で、自分の享楽の園を作り上げていた。
しかし、いくら関心の薄い辺境の地とはいえ、定期的に連絡はしなければならない。
昨晩、二週間に一度の定例報告を終え、魔水晶の魔力を落とそうとしたとき。
突然、映像が切り替わった。
切り替わった映像には、自分が生涯着る事はない、祝福さえた聖銀で作られた鎧を纏った騎士が立っていた。
鎧と装飾から、帝国騎士団でも最も上位に当たる近衛騎士に違いない。
「ディラン・グリアンソン中級騎士で間違いないか?」
白銀の鎧を纏った騎士は、重々しい声で尋ねて来た。だが、声はに若さが滲んでいる。二十代の半ばくらいだろう。
「・・・グリアンソン中級騎士、なぜ、返答しない?」
「は?・・・はっ、失礼いたしました!」
ディランは突然現れた、上級騎士に完全に動転していた。心当たりがあるために、下手な返答は出来ない。
「・・・ゾルウェストの砦の、グリアンソン中級騎士で、間違いないな?」
「はっ、間違い、ありません!!」
返答の遅れたディランに対して、白銀の騎士は訝しげな視線を向けている。ディランは盛大な脂汗をかき、心持ちか顔色も悪い。
「私は、近衛騎士団のエドワーズだ。これより、貴殿に任務を命ずる」
「はっ!・・・は?任務でありますか」
「そうだ、昨日、ゾルウェストの砦近くにある遺跡にて、魔獣の存在を魔道局が感知した。その討伐に向ってもらいたい。」
「魔獣」
「個体数は数体、種族は不明だが、森から出てきた下級魔獣だど推測される。近隣へ被害が出る前に、速やかに駆除せよ、とのことだ。わかったな?」
「はっ、了解いたしました!」
「では、討伐完了後、報告をするように」
白銀の騎士は一方的に会話を終わらせると、ディランの返答も待たずに、一方的に通信を切った。
「・・・魔獣の討伐だと、面倒くせぇな」
通信が途切れたとたん、ディランは忌々しそうに椅子を蹴り上げた。
「オズワー!さっさと来いっ、うすのろ!」
ディランは大声で自分の副官を呼びつけると、面倒な任務を早々に片付けることにした。
翌日の早朝、十五名の部下のうち、十名を連れて遺跡へと出発した。
魔獣は日中の方が活動が鈍く、狩り易い。
早朝に出発すれば、昼前には到着できる。十名、自分も含み十一名の騎士がいれば、下級騎士が殆どとはいえ魔獣の数匹など、簡単に片付けられ夕刻までには砦に帰られるはずだ。
帰られる、はずだった




