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第2話 素性を調査する回

 保健室。二つあるうちの一つのベッドを借りる。一回寝転がってから上体を起こした体勢で、文月は一部始終を話した。


 文月なりに情報を補足しつつ、整理しながら話しているのだが、不可解なことばかりだ。あれこれと脱線してしまい、一本道とはいかなかった。


「突然の不調の原因があの転校生、というのは、理解しましたわ。私が今朝感じた『とってもイヤな予感』は、彼のことで確定かしらね」


 青嵐はベッドの横にあるパイプイスに座り、文月のまとまりきらない話をコンパクトにまとめる。


 かの『仮面バトラーフォワード』は二〇〇七年三月から翌年の二〇〇八年三月までの放送だ。家庭の事情により、テレビが禁止されているので、青嵐は一話も見ていない。


「そうかも……」


 フォワードという作品は、日曜朝に放映されている人気特撮番組・仮面バトラーシリーズの四作目にあたる。放送開始前は『執事(バトラー)×サッカー』というモチーフの組み合わせが話題となった。


 文月は昔から仮面バトラーシリーズのファンだった、というわけではなく、フォワードのファンだ。


 三学年下の妹である環菜は水泳の選手として有望視されていて、両親は環菜の遠征に付き添うことが多く、当時小学校五年生だった文月は一人で留守番を任されていた。孤独の寂しさを紛らわせるために電源を入れたテレビで、フォワードの初回放送を見た文月は、このヒーローに勇気づけられたのである。


「わたしには、彼がホンモノの魁泰斗さんにしか見えない。でも、魁泰斗さんは飛行機の事故で亡くなられている」


 文月は、掛け布団をぎゅっと握りしめた。一ファンとして、大いにショックを受けた出来事だ。忘れるはずもない。


「飛行機の、というと、当時、大きなニュースになっているかしら」

「わたしたちが中二の時だったよ。覚えてないの?」


 青嵐は、制服のポケットからメモ帳とボールペンを取り出して、情報を書き留める。携帯電話でもメモは取れるが、青嵐はメモ帳とボールペンが好きだ。気分は探偵か警察官の聞き込み調査である。


「ええ……まったく……」


 飛行機事故。中二というと、今が高校二年生なので、三年前。


 たとえ同じ時代を生きていても、興味がなければ、ニュースはただ流れていくだけで、記憶に残らない。多くの人が犠牲となっていたとして、その中に身近な人が混じっていなければ、単なる数字と同じだ。いちいち悲しんではいられない。


「あのね、仮面バトラーは、その作品の本放送が終わったあと、次の作品の本編とか劇場版とかにゲストで出演することがあるの。ただ、中の人、あ、演じている人のことを中の人って言うことがあってね、が死んじゃったら、その、キャラクターとしては生きていても、話には出せないじゃない? 変身後のガワ――スーツね、スーツは残っていたり、残ってなかったとしても作ればいいから、声は代役で、っていうのはあったけれども、ファンとしては納得いかなくて」

「わかったわ。落ち着いてくださいまし」


 とめどなく語り出す文月を、青嵐は制止する。ニセモノが『魁泰斗』という役者を騙っているのであれば、死者への冒涜(ぼうとく)だ。許されざる行為だと思う。


 仮にホンモノだとすれば、飛行機の事故からどう生き延びたのか。文月の記憶が正しければ、事故が発生したのが三年前。


 この三年間、何をしていたというのだろう。発生後すぐではなく()()になって人々の前に姿を現したというのは、事情があってのことだろうか。


 また、何故、この天助高校に()()してきたのか。編入学には、ニセモノだとしても、ホンモノだとしても、手続きが必要だ。どのような手段で学籍を手に入れたのか。


 謎が多すぎる。


「調べて参りますわ」


 青嵐は場所を変えることにした。文月に落ち着くように言ったが、自分もまた落ち着かねばなるまい。メモ帳とボールペンを制服のポケットにしまう。


「えっ、わたしも」

「文月さんは、ここでお休みになって」

「もう平気だよお」

「だとしても、体裁(ていさい)があるでしょう。体調が悪いと言って教室を出てきたクラスメイトが、校内を歩き回っていたらどう思います?」

「……あんまりよく思わないかも。わっ!」


 青嵐は文月が握っていた掛け布団を力尽くで奪い取って、頭の上からかぶせた。


 意地の悪いことを言ってしまったが、文月の今後の学校生活のためだ。友だちとして、心を鬼にしなければならないときがある。


「放課後までには治してね」

「うん。パーティーがあるもの」


 掛け布団の下からくぐもった声が返ってくる。忘れていなかったようだ。衝撃的な出来事でまるっと上書きされてしまっていたらと心配していたが、杞憂に終わった。


 今日は二学期の始まりで、なおかつ『侵略者討伐部』の記念日。サプライズは失敗したけれども、パーティー自体は成功させなければならない。車の中では美味しい料理とステキなデザートが準備されている。


「では」

「いってらっしゃい」


 文月は掛け布団の下から左手だけを出して、青嵐の声の方向に手を振った。睡眠時間はきちんと取れているほうだが、寝られないこともない。


 教室で見たものは幻かもしれない、その可能性をまだ残している。なんだか照明が不自然だった。担任の黄道の様子もおかしい。文月はまぶたを閉じた。


「先生も、文月さんをよろしくお願いします」


 養護教諭は読書していた。青嵐と文月の会話には加わらず、本の世界にのめり込んでいる。青嵐が文月を預けて退室しようと声をかけて、ようやく、顔を上げた。


「あいよ」


 青嵐は、軽く会釈してから保健室を出る。大人に余計な口を挟まれるのと、無干渉、どちらがマシか。今回は無干渉のほうがありがたい。


 職員室の前を通り過ぎて、資料室に向かった。この資料室こそが、のちにパーティー会場となる『侵略者討伐部』の部室である。かつて天助高校に生徒があふれていた頃には、通常教室として使用されていた部屋だ。


 本来『同好会』に部室はあてがわれない。だが、生徒会の規定では『同好会』扱いの『侵略者討伐部』は『マンガ研究部』と部室を共有している。正式な届け出では、資料室は『マンガ研究部』の部室とされているが、実情としては『マンガ研究部』と『侵略者討伐部』の部室だ。


 二学期現在、生徒会には気付かれていない。何かあれば、青嵐は徹底抗戦の構えだ。生徒会とは『侵略者討伐部』の旗揚げ時から戦い続けている。


「さて、と」


 資料室のカギを所持しているのは『マンガ研究部』の部長である三年生の小鳥遊(たかなし)と『侵略者討伐部』の部長である青嵐、あとは『マンガ研究部』の顧問である国語科の勅使河原(てしがわら)の三名。


 小鳥遊は一学期の終わりに「二学期からは受験勉強をしなくてはならないから、部活動にはあまり顔を出せない」と話していたので、今日は来ないとみた。


 勅使河原は一年C組の担任だ。まだホームルームの真っ最中だろう。


 内側からカギをかけてしまえば、広々とした個室の完成である。


「さ、き、が、け、た、い、と」


 マンガを描く上での資料を探す、という名目で、部員ならば誰でも使えるパソコンが四台用意されている。生徒会に『マンガ研究部』の備品として認められているが、用意したのは青嵐だ。


 青嵐と文月のふたりで構成されている『侵略者討伐部』という得体の知れない同好会が『マンガ研究部』と部室を折半できている理由はここにある。青嵐が尾崎家の財力で、様々な備品を用意しているからだ。


 他には液晶ペンタブレット、スキャンやコピーに必要な複合機、夏場の暑さや冬場の寒さをしのぐためのサーキュレーターなど。すべて『マンガ研究部』の備品だ。異存はない。


「なるほど」


 魁泰斗の検索結果が出た。おおむね、文月の話した内容と一致する。


 飛行機の事故は発生していて、生存者は一名とあった。この一名は魁泰斗ではない。奇跡の生存者へのインタビューに答えていたのは、妙齢の女性だった。


 魁泰斗が亡くなっているのは確からしい。遺体は海に投げ出され、見つかっていない。


 文月はファン目線の言葉を並べていたが、検索では「仮面バトラーフォワードは駄作!」「出演者の現在を調べてみた」といった、アンチの意見も引っかかってきている。過激なもの、罵詈雑言を書き連ねたものが散見された。自分に言われているものではないが、積極的に見たいものではない。青嵐は苦い顔になる。


 ファン代表の文月や、ネット上のアンチ『仮面バトラーフォワード』の方々とは違い、青嵐は作品の視聴者ではない。青嵐はフェアな立場だ。


 そんな青嵐が気になったのは、魁泰斗という新人俳優と『仮面バトラーフォワード』という特撮作品の結びつきである。


 一年間の本放送を終えて、魁泰斗は望月(もちづき)勝利(しょうり)役から離れるはずだ。魁泰斗は役者であり、望月勝利そのものではない。


 望月勝利はあくまで『仮面バトラーフォワード』の主人公だ。物語の世界で生きている存在であり、魁泰斗が演じていたフィクションのキャラクター、でしかない。


 魁泰斗は職業柄、次の仕事を見つけ、望月勝利ではない別のキャラクターを演じる。出演作はドラマや映画に留まらない。ゴールデンタイムのクイズ番組やバラエティー番組に出演したり、演劇、ミュージカルといった舞台にも立っていたり。様々なキャリアを積んで、写真集やカレンダーが発行されている。


 どの画像も若く美しい新人俳優の姿を捉えていた。残念ながら青嵐の好みではないが、ファンが多いのは頷ける。


 どのニュースサイトにも、代表作は『仮面バトラーフォワード』とあった。記事には「特撮作品の主役を演じた魁泰斗」と記されている。


 ヒーローは()()()()()ヒーローだ。


「探しましたよ、尾崎さん✨てっきり、鏡さんといっしょに保健室にいるものだと思っていました✨」


 そして、ヒーローは()()()()()参上する。カギをかけている部室に、魁は入ってきた。天助高校のブレザータイプの制服姿だ。


「えっ!?」


 驚く青嵐に見えるようにして、魁はカギをちらつかせた。三つのうちの一つ。小鳥遊か、勅使河原が持っているはずのカギ。


「どうしてそのカギを」

「マン研の顧問の勅使河原先生からお借りしました✨ここはマン研の部室ですよね?」

「……(わたくし)が部室にいると気付いたのは?」

「保健室の先生にお聞きしました✨鏡さんは眠っていらっしゃったので、起こしていません✨」


 部室に行く、と言った覚えはない。青嵐は警戒して、パソコンの電源ボタンを長押しする。


「待ってください✨ボクのことを調べていたのでしょう?」


 時既に遅し。魁が青嵐の後ろに回り込んだときにはもう、画面は真っ暗になっていた。画面に魁の顔が映り込む。ニュースサイトに載せられていた写真と同じ顔だ。


「あなた、席替えはどうしたのかしら?」


 青嵐は平静を装って、話題を変える。教室では席替えの真っ最中ではなかったか。この短時間では終わらないだろう。


「まだ席替えはしていますよ?」

「言い出しっぺがここに来たのは、私を教室に呼び戻すため?」

「そうですね✨それもあります✨」

「も?」


 魁は青嵐の隣に座る。顔は、三年前と何一つ変わらない。違うのは服装だけだ。


「ボクを『侵略者討伐部』に入れてほしいのです✨」

「断る!」


 青嵐は即答した。そもそも『侵略者討伐部』は、青嵐が文月との時間を確保するために作った部活動、もとい、同好会である。他のメンバーを追加する予定はない。


「ボクはヒーローですよ✨(きた)るべき(とき)、侵略者をこの地球(ほし)から追い出すのに、これほどふさわしい人材はいません✨ボクは『侵略者討伐部』を目当てに、この高校に来ました✨」


 台本に書かれていたセリフと、演技プランを実行するような、芝居がかった口調。おおげさな身振り手振りを交えて、魁は高らかに宣言する。


「侵略者なんていないわよ。私がでっちあげただけ」


 青嵐は、画面を真っ直ぐに見据えながら、聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で、言った。申し訳ない気がして、魁と顔を合わせられない。


「今年の十二月に、人類が滅亡するらしいじゃない。このオカルトに絡めて、私が、私のやりたいことを押し通しただけのこと」


 二〇一二年十二月二十一日。マヤ暦の終わりと、人類の滅亡を重ね合わせた説がある。


 ここに『ノストラダムスの大予言』を加えて、人類を滅亡させる者が、


 ・空からやってくる『恐怖の大王』

 ・蘇る『アンゴルモアの大王』


 という侵略者、として、侵略者の魔の手から地球を守るのが『侵略者討伐部』の()()の活動内容だ。


「人間が気付いていないだけで、九九年の七の月から、いや、もっと前から、侵略者はこの地球にいます✨」

「あなたは信じているのね」

「だから、人類を救いましょう✨ボクが来たからには、もう大丈夫です✨」

「……私一人ではあなたの入部は決められないから、文月さんと相談しますわ。教室に戻りましょう」

「はい!」


 魁の放つキラメキに、青嵐は根負けした。

 青嵐は、本当は、終末論を信じていない。

読了ありがとうございます!


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