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第1話 謎の転校生が登場する回

 二〇一二年の九月。天助てんじょ高校の第二学年の二学期が始まった。(かがみ)文月(ふづき)は、十七歳。クラスはB組。


 二学期の始まりといえば、文月が副部長を任されている『侵略者討伐部』が立ち上がって一周年ファーストアニバーサリー。記念すべき日である。


 人数が足りず、顧問もいないため、生徒会には認められておらず『部』とあるが『同好会』扱いとなっている。部長の尾崎(おざき)青嵐(せいらん)は『部』の文字を譲らなかったからだ。


 青嵐は、部室で盛大なパーティーを開こうとしている。一周年を祝うこのパーティーのことは、文月には教えていない。


 が、文月のほうはといえば、朝、登校してくる時点で学校の周囲の様子が()()()()()()()()()ことに気付いてしまっている。県外ナンバーの大型車が、何台も停まっていた。一台なら「そんなこともあるかあ」と無視できるのだが、十台以上あれば「なんだろう?」と首を傾げてしまう。


 ごくありきたりな公立高校である天助高校に、有名人は(文月の知る範囲では)いない。運動部の戦績は、地区大会で二回戦敗退。文化部も、これといって特色のある部活はない。中学校の絶対評価での成績表は平均して『(普通)』だった文月が、受験勉強に必死で取り組んで、ようやく入学できる程度の偏差値。大学進学率は八割ほど。可もなく不可もなく平々凡々、を寄せ集めた煮こごりが天助高校だ。


「おはよう、ブルー!」


 二年B組の教室内は、新学期らしく、ざわついている。仲良しグループでそれぞれの席の近くに固まって、なんやかんやとおしゃべりしていた。本日もハーフツインを黒いリボンでまとめた髪型の文月は、自分の席にスクールバッグを置いてから、青嵐の右肩をとんとんとつついて、挨拶する。


 文月から呼びかける際には『ブルー』と呼ぶのが、二人の間での取り決めとなっていた。青嵐いわく『青嵐』の二文字は()()()()()()()()()とのことだ。


「ごきげんよう、文月さん」


 青嵐は、ふてくされたような顔をして、文月のスクールバッグを端に寄せてから、学習机にほおづえをつく。朝から機嫌が斜め四十五度。ご自慢の長い髪と、ハチマキのような白いカチューシャは、持ち主の感情を反映しているかのようにくすんで見えた。


「朝からどうしたの?」

「あれよ、あれ」


 あれ、の方向には目もくれない。あれ、に顔をちょいちょいと向けるのみ。


「あれえ。席が増えているねえ」


 出席番号順に並んでいる座席の、渡辺さんの後ろに()()()()増えていた。これが意味するところは、学生生活も小学校から数えて十一年目となれば理解できる。


「転校生よ、転校生」

「高校生になってもいるんだねえ」


 文月の中では『転校生』というと『小学生や中学生』のイメージがあり、この発言につながった。教室内のざわつきも、主に『転校』と『高校生』とが結びつかないのが原因の一つとなっているようだ。耳をすませば、どのような事情があっての『転校』なのかと、根も葉もないウワサが飛び交っている。


「正しくは、編入生と言うのかしら。まあ、どちらでもいいわ。このクラスに新たなメンバーが加入するのは、確定的に明らかね」


 確定的に明らか、という言い回しは、青嵐の最近のマイブームだ。青嵐は最近知った言葉で特に気に入った語句を会話の中に織り交ぜる。


「なんでブルーはイヤそうなの?」

「そう見えるかしら……」

「うん。いつものブルーは、もっとウキウキしていて、明るいもの。たとえば、放課後に『侵略者討伐部立ち上げ一周年記念パーティー』を企画しているのなら、もう隠しきれないぐらい!」


 文月の推理が正しければ、県外ナンバーの大型車たちは青嵐が注文したケータリングの数々だ。学期ごとの始業式の日は午前の授業で終わりだ。長期休暇の宿題を提出する。昼食の時間や午後の授業はない。青嵐は尾崎家の人脈をフル活用し、豪華な昼食ビュッフェを部室内に開店させようとしている。一日限定で。


「どうして気付いていらっしゃるの!?」


 青嵐はイスをガタッと引いて、立ち上がった。サプライズ企画のつもりが、もっとも驚かせたい人にバレてしまっている。


「えへへ。ブルーは記念日が大好きだもの」


 二人の出会いは、深川南中学校の入学式の日。青嵐は私立の小学校に六年間通っていたのだが、中学受験で志望校に合格できず、公立かつ知り合いのいない深川南中に進学した。


 一年二組の教室で席が前後になったことで文月と初対面した青嵐は、文月に、初めて出会った人とは思えないような()()()()()()()()()を感じて「お友だちからはじめませんか?」と第一声から告白している。


 青嵐は、この日を『二人の出会いの記念日』と定めた。

 このような『記念日』が、毎月ある。


「さすが。文月さんには、サプライズができませんね」

「もう五年目だもの。ブルーの考えていることは、だいたいわかるよ。けれども、転校生をイヤがっているのがなんでなのかは、わからないなあ」

「ああ……」


 二人で笑い合っていたのに、転校生に話題が戻ると表情も元通り。文月が先に天助高校を志望し「文月さんが行くなら(わたくし)も」と受験を決めた青嵐である。文月は、友人を曇らせる原因を聞き出したい。友人として、可能な範囲で、青嵐のことを支えたい、と思っている。


 できないこともあるので、まずは、聞いてからだ。


「ブルーの知り合いが来るの?」

「いいえ?」

「なら、どうして」


 文月は、転校生が増えることに関して、青嵐が悩んでいるのを不思議に思っている。高校の入学式の日、新しい環境に不安を感じていた文月を「大丈夫。文月さんは私が守るから」と励ましたのは青嵐だ。


 青嵐が人見知りな文月をフォローしながら周囲に取り計らってくれたおかげで、今の“クラスで浮きすぎず女子の目立つグループからは邪険にされない。誘われたら行く”というポジションを維持できている。増えたとして、青嵐なら、うまくコミュニケーションを取っていけるに違いない。


「とってもイヤな予感がする」


 青嵐の『イヤな予感』は当たる。本人の特技である。たとえば、授業で急に小テストが実施されたり、校庭での体育の予定が突発的な雨で体育館になったり。しかも『とっても』ときた。


「転校生絡みで?」

「私の予感は当たる」

「なんだろう……」

「教室に入ったときに、こう、()()()()しましたのよ」


 このクラスでもっとも早く教室に入るのは青嵐だ。自宅から天助高校までが遠く、車で登校しており、道路の混雑に巻き込まれないように早めに出発するため、徒歩や電車通学の生徒よりも早く着いてしまう。


「わたしは、わからなかったなあ」

「文月さんはギリギリですもの。みなさんの発する『気』で、わかりにくくなっているのでしょう」

「そうかも?」


 二年B組の担任である黄道(こうどう)が教室に入ってきた。数学の教師であり『融通が利かない』とか『冗談やジョークが右から入って左に抜けていく』とか、諸先輩方から『堅物』と評判だ。騒がしい教室内が静かになり、それぞれが自分の席へと戻る。黄道が教室から出て行くまでは、おしゃべり厳禁。


 今日も黄道が教卓の上に出席簿を広げた瞬間に、チャイムが鳴った。タイマーできっちりとはかっていたかのような正確さだ。


「起立! 気をつけ! 礼!」

「おはようございます」

「着席!」


 朝のホームルームが始まる。黄道の口から、いつ『転校生』の話が出てくるのか。大なり小なり、クラスの全員がこの三文字を待ちわびている。音にして六音。一学期と同じように、まずは諸連絡が流れ出た。本日は欠席者なし。男子の一部では「お前、手挙げろ」「えっ、やだよ」といった牽制(けんせい)が発生している。


「佐久間!」

「はいっ!」


 案の定、主犯が指された。柔道部の佐久間だ。名字にあやかって、仲間内では『クマ』の愛称で呼ばれている。


「質問があるのなら、手を挙げてから言いなさい」


 通路を挟んで右隣の文月には、佐久間が小さく「よし」と呟いたのが聞こえた。黄道は怒っていない。あくまで私語を注意するような言い方だ。


「先生! うちのクラスに『転校生』が来るんですかぁ?」


 ピンと背筋を伸ばし、真っ直ぐに手を挙げて、担任以外の全員が気になっている事項を問いかける。周りからは「ぐっじょぶ!」「やってくれたぜクマ」と賞賛の声が寄せられた。


「ああ。そうだそうだ」


 黄道は()()()()()()()()()()()()()()()()()手をたたいて、いったん、廊下に出る。


 この動きを、文月は「おやあ?」と不審に思った。黄道が担任を持ったのは今年度からなので、文月は、四月からの黄道しか知らないのだが、黄道の性格とこの行動とが、結びつかないような気がしてしまう。


 だが、この違和感は『転校生』の姿が見えた瞬間に塗り替えられた。


「さささっさっささささっさ!?」

「どうしたんですの?」


 前の席の青嵐が振り返る。そこには、ひどく動揺した文月がいた。


「えっ、ああっ、えええ?」

「落ち着いてくださいまし」

「あっ、あのあの、あの、ぶ、ぶるう」

「何ですの?」

「めちゃくちゃ効く目薬は持っていない?」

「文月さんが欲しいのでしたら、いくつでも持ってこさせますわ?」


 文月は、我が目を疑う。教室の蛍光灯が不自然にパチンパチンと明滅したかと思えば、元の明るさに戻った。


 二年B組の教室に入ってきた男子生徒は、(さきがけ)泰斗(たいと)にしか見えない。


「みなさん、おはようございます✨」


 男子生徒は教卓の前で直立不動の体勢になる。ブレザー姿の()()。生前と同じ声。


「ボクの名前は、(さきがけ)泰斗(たいと)です✨ サキガケというのは、一見して難しい漢字のようですが、鬼と(たたか)うと書きますので、覚えてください✨」


 テレビで聞いた声と、あまりにも似ている。文月は、口をぱくぱくとさせた。似すぎている。一瞬目が合って、にこりと微笑まれて、目を逸らした。魁泰斗は、文月が小学校六年生の頃に放送していた『仮面バトラーフォワード』の主人公・望月(もちづき)勝利(しょうり)を演じていた新人俳優だ。当時の魁が二十歳なので、()()()()()()()()()、二十四か二十五歳である。


「魁は、あの後ろの席に座ってくれ」


 黄道や他のクラスメイトは、気付いていないようだ。青嵐もまた、文月の混乱っぷりに困惑するばかり。


「一番後ろの角の席ですか? ボクは、席替えがしたいです✨」


 魁泰斗は()()()()()()()。あの『フォワード』の放送終了後に“ヒーロー番組出身で新進気鋭のイケメン俳優”として売り出されて約一年後、不幸な事故に巻き込まれた。


 二〇一二年の現在、公立の高校に『転校生』としてやってくるのはおかしい。ましてや天助高校だ。


「いいねぇ!」「賛成!」「新学期だし、席替えで気分一新!」


 文月だけが、この『魁泰斗』を疑っている。クラスの全員の話題が『席替え』に切り替わってしまった。


 なんだかめまいがしてきて、第六感が「この場から離れろ」と叫んでいる。だから、文月は、おずおずと、手を挙げた。


「すみません、先生」

「ん?」

「ちょっと、保健室に行ってきます……気持ち悪くなってきちゃって……」

「私もついていきますわ!」

「わかった。尾崎、鏡をよろしくな」


読了ありがとうございます!


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