選挙の機械集計について
我が国で、投票用紙を機械で数えるという試みは、1970年代から始まっていたが、それが本格的に全国一律に導入されたのは2015年の衆議院選からである。投票用紙の読み取り分類機を開発しているのはムサシという会社で、この企業が2015年頃から全国の選挙の読み取り機械を担うようになった。
「選挙の手集計の秘密」を明かす。2015年の読み取り機の導入以前は、公務員がどんなにがんばっても、選挙の投票用紙を数えあげるのは、全国で数百万票が限界だった。選挙は、数百万票の集計から数学的予測により、誰が当選したのかを確定していた。激選区だけを重点的にちゃんと数えていた。ぜんぶの投票用紙は数えていなかった。
投票用紙をぜんぶ数えていないのに、選挙は公正に行われたと発表して、公務員は文句をいわず、国民もそういうものだと思っていた。それが2015年までの我が国の選挙制度である。これが民主主義の実態だ。
選挙なんて、真面目にやったら、ぜんぶの票を手で数えあげることはできないのだ。これが歴史上の真実だ。
我が国の選挙民全員の投票用紙をぜんぶ読み取るということが可能になったのは、読み取り機械の導入の後である。2015年の衆議院選から、全国区の選挙で、数千万票の投票をぜんぶ読み取り機で数えるようになった。当時は安倍政権だった。
画像認証技術の向上で行えるようになった。
つまり、機械集計による民主主義の不正選挙との戦いが始まったのは、ここ十年間というごく最近のことである。デジタルな選挙制度を希望する人が大勢いる中で、数千万票を不正なくぜんぶ数えるということが機械であってもどんなに困難なことか、よく理解してほしい。
投票用紙読み取り機械ムサシの信用性はたいして高くはなく、民主主義の攻防は激しさを増すばかりだ。
選挙を乗っ取るために、優秀な外国人が我が国の選挙管理の部署に侵入しようとする。選挙のたびに、外国の特殊部隊が選挙妨害に突撃してくる。
保守陣営のじいさんは、民主主義の重要さがわかってない。保守陣営のじいさんは、我が国を支配する権利があると妄信して、国民をたぶらかすことを平気で行う。選挙の不正を公式に行ってくる。機械集計された投票結果の数字を扱いを担当するものたちに、たいして民主主義の重要性の認識がないことは問題である。
民主主義は、本当の投票結果は確実に政治を変える。選挙が捏造だと、政治は計画経済になり、ボトムアップ的知的活動を失う。計画経済の賢さは、体感的には、ボトムアップの四分の一くらいだと思われる。選挙が行われないと、その国の賢さは四分の一になる。意外性のある指摘のなくなった政治は、愚かだ。また、壊れつづけ、建築しつづける政治体制は自浄作用が働き、固定化された政治体制は腐敗がたまる。
民主主義のために不正のない機械集計を行う方法は、広く国民で考えるべきだ。不正選挙に参加する動機を与えるからか、読み取り機械のことを教えない傾向にあるのは、逆に危険だろう。
機械集計する選挙の問題は、今後の我々人類が真剣に考えていかなければならないのである。
機械がなければ、民主主義なんて実現しないんだよ。




