表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

あしらってるつもりの浅黄くん

作者: 岡村なぎぼ
掲載日:2026/05/04



浅黄(あさぎ)くん、すき。つきあって」


「やだ」


「じゃあ彼女にして」


「同じじゃねーか」



 何十回、へたしたら何百回もしたやりとり。いつもまとわりついてくるうっとうしい存在、のはずだった。





浅黄(あさぎ)くん、いまかえるとこ?」



 本館をでたところで、雨音にまじって聞きなれた声がした。


 かるい衝撃といっしょにまわされた腕をひっぺがしながらふりかえると、予想通り千歳(ちとせ)がたっている。



「急に抱きつくなよ……」



 つとめてめんどくさそうな顔をつくると、「えー」と千歳(ちとせ)が不満げにかえしてくる。


 授業終わったらさっさと帰るべきだった。いや、裏門からにすべきだったか。でもコイツどこにでもあらわれるからな……。


 苦々しく思いながら千歳(ちとせ)を見おろす。家が隣どうしで幼稚園からいっしょの幼馴染のコイツは、ヒマがあれば「すき」だの「つきあって」だの言ってきて、何回断ってもしつこく迫ってくる。大学も同じになってしまい、おまけに学科までいっしょの始末だ。



「いっしょにかえろ」


「やだよ」


「どうせ方向おなじだもんね、ついていく」


「じゃあなんで聞くんだよ」



 ぼやきながらビニ傘をひらくと、千歳がしれっと肩をよせてきた。



「いれて?」


「朝から雨だったのに傘もってねーのかよ」


「うん」



 絶対うそだ。千歳がせおっているリュックに目がいく。



「かばんの中、折りたたみ入ってるだろ」


「はいってない!」



 食いぎみに否定するから絶対うそ。コイツ俺が傘忘れてたら「いれてあげるー」とか言う気だったに決まってる。



「みせろよ」


「だめ」


「絶対入ってるだろ!」


「やめてよ~! 浅黄くんのえっち!」


「なっ」



 千歳のリュックにかけていた手をひっこめた俺は、前を通り過ぎる傘をさした学生たちを慌ててみやる。雨のせいで聞こえてないはずだけど、まわりの視線が気になる。



「……ッお前卑怯だろ!」



 えへへ、とごまかすように笑う千歳が、傘をもった俺の手をとって濡れたタイルの階段にふみだす。



「はやくかえろ?」



 無理やりふりはらうこともできなくて、そのまま正門まで歩いていく。千歳が腕をがっちりホールドしてくるからまともに雨を防げてない気がする。



「お前そんなにひっつくなよ、濡れる……」



 仕方なく傘をもつ手を変えた俺に千歳はふにゃっと笑って、あいた腕にさらに抱きついてくる。



「ッ調子に乗るな!」



 きつく言ってもやめないから、もうあきらめた。



「相合傘、うれしー」



 つぶやくように言う千歳に少しいらっとする。



「こっちは全然うれしくないんだけど。お前と歩くと肩濡れるし」


「わたしが濡れないようにしてくれてるんでしょ、やさしー」


「ちがう! 身長ちがうからだろ!」


「じゃあもっとくっつこ~」


「やめろ! せっかく負けてやってんだから大人しくしろよ!」



 いつも強引でうるさくて、気がついたら千歳のペースにはまっている。この辺でどうにかしないと大学生活どころか一生コイツに追いかけられつづけるのかもしれない。



「……なぁ、お前さ、友だちとかいねーの? 大学で」


「いるよ?」


「そっちと帰ったらいいじゃん」


「すきな人と帰りたいから待ってたんじゃん。超鈍感~」


「わかってて言ってんの……!」



 ストレートすぎて呆れつつも本題を切り出す。



「……せっかく大学入ったんだから俺以外のやつとつるめよ。ぼっちになるぞ」


「心配してくれてるの~?」



 にやにやした顔でのぞきこんでくる千歳。



「ちがう! お前進路とか大事なことまで俺といっしょにするだろ! あんま泳げないくせに同じサークル入るし!」


「だって~浅黄くんと沖縄いきたかったんだもん」



 不本意ながら一緒にはいった、というより無理やり千歳がついてきたダイビングサークルでは、このまえのゴールデンウィークに沖縄で合宿をやったのだ。



「こっちはお前のめんどうみたくねーよもう」


「でも頼めば教えてくれるもんね」


「つぎは絶対ない!」



 千歳につきあってやっていたら同期とか先輩とかと絡めなくてやっかいだったのを思いだす。まぁ、後半のほうは「つかれたから休むね」とか言ってきたおかげで、先輩たちと深いところ潜りにいけたけど。さすがに遠慮したのかもしれない。いや、コイツにかぎってそれはないか。



「とりあえず! 俺以外の人間と関われよ。この先も幼馴染にべったりかよ? もっとさぁ、自分持って大人になれよ」


「兼サーしてるし、友だちもいるもん」


「そういうことじゃなくて……そろそろちゃんと距離おこう、俺ら」



 ひと呼吸おいて、できるだけ真剣に聞こえるように落ち着いた声で言った。



「……やだ」



 それきり黙った千歳の表情がみえない。雨音がつよくなった気がした。大人しくなった千歳がすこし心配になるけど、ここで引いたら今までと同じだ。



「はっきり言うけど俺もそろそろ彼女とかほしいし、お前がジャマってこと。大学であんま話しかけんなよ。いっしょに帰るのもナシ……高校でモテなかったの半分はお前のせいだからな!」



 気まずいのにたえられなくて、最後のほうは冗談めかしてしまった。瞬間、腕をつかむ千歳の力がぎゅっとつよくなった。



「痛って! なんだよ、怒ってんのか!?」


「浅黄くんはこれ以上モテなくていい! 追いはらうの大変だったんだから!」


「うそぉ! まじ! モテてた!?」


「よろこんじゃだめ! ウソだし!」



 オイ。



「彼女ほしいならわたしがなる!」


「お前とはぜっっったい嫌!」


「じゃあいっしょにいるのやめないからね!」


「じゃあ、ってどっちも変わんねーじゃん。距離おきたいっつってんだろぉ……」



 ぜんぜん聞く気ねーコイツ。さっきちょっと心配して損した。千歳はこういうやつだ。



「……それに、雨の日はとくべつ」



 そう唐突につぶやいて腕を組みなおした千歳を見おろす。



「?」


「くっついても浅黄くんいやがらないから」


「……十分嫌がってますけど」


「ううん」



 赤くひかる信号にさしかかったところで、千歳がゆるく頭をもたげてきた。



「ほんとにやさしいし、だいすき」


「……そうかよ」



 押しかえそうかと思ったけど、雨で冷えた体のうちくっついてるところがあったかくて、されるがままにしておいた。



  ◇  ◇  ◇



「中村って佐々木さんと付き合ってはないんだよね?」



 でた。ついに聞かれた。中学にはいったあたりからたびたび尋ねられるこれ。階段状に机が固定されている講義室で、後ろの席に座る男子がこちらに身をのりだして口にした。最近くだけた雰囲気でしゃべるようになった必修のクラスメイト・小野寺だ。



「ちがうちがう。もし向こうがそうって言ってても冗談だから」



 いやそうな顔をつくって答える。


 千歳のことだから大学からの付き合いの人に、浅黄くんの彼女はわたし、とか言いそうだ。たぶん、俺がいないとこでは言わないと思いたいけど。



「すげー仲良さそうじゃん。なついてるっていうか」


「向こうがね!」



 強調する感じで訂正しておかないと。大学では聞かれたくなかったのに、千歳から逃げきれずによくいっしょにいるところを目撃されているんだろう。



「フツーに昔から家近かっただけで、ただのトモダチ」


「ふーん」



 トモダチ、って変な言いかただと思いながら口にする。知りあい、だと冷たすぎる気がするけど、幼馴染とかわざわざ言いたくなかった。



「彼女別にいるとか?」


「や、いないけど」



 一段高い位置にいる小野寺にどぎまぎしてるのがバレないようにさらっと言った。急に恋バナ? あんまり好きじゃねーけど。おもに千歳のせいで。



「じゃーさ、俺幹事なんだけど合コン興味ない? 今ひと集めてるとこでさー」



 合コン――……なんてすばらしい響き!



「行かせていただきますっ!」



 身をひねって、俺の救世主とガシっと握手をかわす。



「わ、よかった。中村ノリいいー。女子の幹事、女子大の子でさ。バイト先の。可愛い友だち連れてくるって!」


「ホンモノの女子大生やー!」


「いや、うちにもいるけどな、女子大生」



 そう言って笑う小野寺とひとしきり盛りあがって講義室をでた。


 ついに俺にも大学生らしいイベントが! 合コン1発で彼女ができるとはさすがに思えないけど、同級生とはちょっとちがう女の子との出会いが待っている……! いや、変な言いかたするのはやめよう。これこそ脱・千歳の第一歩じゃんね!? 正直ちゃんとした女子にモテたい!



  ◇  ◇  ◇



 決戦の日。幹事たちのバイト先の系列を紹介してもらったらしく、なんていうか大人っぽい雰囲気のカフェバーに集まることになった。


 はじめての合コンは男側がスベり倒すとかよく聞くけど、女の子たちも気を使って盛りあがってくれて、それなりにいい感じですすんでいる。


 きれいな格好した女子とこういう場でまじまじとむきあうと妙な緊張感はやっぱりあって、だけどクラスメイトの女子と喋ってるときには得られない栄養がとれてる気がする。



「よっす、中村。どう? どの子狙い?」



 トイレに立ったとき通路で小野寺に話しかけられた。


 これ……コントでよく見るやつだ。たいてい場所は女子トイレのパターンだけど。作戦会議ってやつ?



「うーん……そっちは?」



 正直、合コン自体に満足してしまって、どの子がいいとかいう段階じゃない気がする。けど、幹事にわるい気がしてはっきり言えなくて話題をなげてしまった。



「俺は幹事の石神ちゃん。もともと狙ってたから」


「バイトいっしょならフツーにメシ誘えばよくね? ライバル増やすだけだろ」


「いや、幹事ってひと集めたり店決めたり、当日も一応ちゃんと盛りあがるか見とかなきゃいけないからハントする側じゃないのよ。幹事同士はいろいろ協力して準備するし。吊り橋効果的なの狙ってんの」


「へー」



 なんか高度なテクニックに聞こえる。



「で、お前は?」


「あー……」


「あんまイイと思う子いなかった感じ?」


「や、そうじゃなくてフツーに女の子に圧倒されたといいますか……。けっこう構えちゃってたし」


「あはは、素直でかわいい」



 和ませてくれてるみたいでほっとする。クラスで喋ってても思ってたけど、小野寺は同性相手にもやさしいし、幹事やるだけあってコミュ力もある。こういうヤツがモテるんだろうな、とか考えていると小野寺が口を開いた。



「そもそも中村ってどんな子がタイプよ?」



 瞬間、不可抗力で具体的な女が「浅黄くーん!」と頭のなかに乱入してきて慌ててかき消す。


 お前なわけねーだろ、絶対。



「……落ち着いてて大人っぽいひと?」


「お姉さん系ってこと?」


「……そう、かな?」


「なんでさっきからハテナつけてんの? ま、いいけど。つーことは……」



 そこで言葉をきった小野寺は、クイっとゆびを右にながしながら続けて言った。



「……かな?」



 たぶん、俺の右ななめに座ってた子をしめしてるんだろう。まあ、たしかに髪とか服とかしゅっとした感じだったし、よく笑うけどうるさい感じはしなくていい子そうだ。


 気がぬけた感じでヘラっと笑った俺をみて、小野寺は勝手に納得したみたいでウインクしてきた。



「おけおけ。このあとカラオケ行くから任せとき」



  ◇  ◇  ◇



 2次会がおわったころ、外は雨だった。会計とかでばたばたしているうちに、俺は繁華街に“右ななめの子”とふたりきりでのこされた。


 カラオケのときからとなりに座っていたから、小野寺が気をきかしてくれたんだろう。けど、いっしょに帰るにしても、いつもは天気予報をみないから俺は傘をもっていなかった。すると右ななめの子がコンパクトな折りたたみを取りだして、いっしょに使おうと言ってくれたので、彼女の傘を俺がもつ格好で駅に歩きだした。


 「雨すごいね」とか、「家どっちだっけ」とか、「明日の予定は」とか、たわいない話をしながら足をすすめる。


 同じ電車にのって、窓の外をながめると雨足がつよくなっていた。彼女の家は俺の最寄りより先だったけど、夜も遅いし送っていくことにした。彼女は「帰りうちの透明な傘もっていきなよ」と言ってくれた。


 駅についてしずかな住宅街をふたりで歩く。ひとつの傘にはいって。


 雨のせいか、それとも周りになにもないせいか、となりを歩く彼女からあまいにおいがただよってきて傘のなかで広がる。女子大生の概念みたいなにおいだと思ったのと、俺はおっさんかとツッコむのが同時くらいだった。なじみのないにおいでどぎまぎする。いや、会話に集中しろって!


 ……香水かな。それとも髪につけるやつ? 千歳がヘアなんとかを変えたときは「いいにおいする?」とか絡んできてしつこかった……って、またアイツが出てきてるし。


 本人とおなじで一度頭に浮かぶと千歳のことが消えなくてなぜかもやもやする。さっきはうまく消せたと思ったのに。この前の雨の日と状況がにてるから?


 でも、右ななめの子は強引に腕を組んできたりしないし、傘のなかのにおいは……しっくりこない。千歳はもっと落ちつく感じで……。


 これ以上考えちゃいけない気がしたとき、となりの彼女がそっと、傘をもつ俺の腕をつかんだ。ほら、ぜんぜんちがう。かるくふれるだけ。


 別にふりほどく必要もないからそのまま歩いた。いつの間にかふたりとも無言だった。



「うち、ここ」



 彼女がぴた、と足をとめた。目の前にアパートがある。彼女に傘を手渡しつつ、ぎこちなく別れの挨拶を切りだす。



「あ、じゃー……喋れて楽しかったわ。連絡し、ます」


「あはは、送ってくれてありがと」


「ん、また。おやすみ。戸締り気を付けて」



 彼女は傘を受け取らないまま、スッとなにかを考えている顔になった。そして俺にまっすぐ向きあって口をひらいた。



「私、ひとりで住んでるし、あがってく?」



 え、まじ、そゆこと?



「……」


「あんまそういうつもりなかった?」


「や、そういうわけじゃ……」



 俺がたじろいだのを見逃さなかった彼女が続ける。



「中村くんも彼女さがしに来たんでしょ、今日。まー遊び相手かもしれないけどさ。私もいい人いたらいいな、くらいの気持ちだったし。けど、中村くん可愛いところあるし、なんか気になるし、好きになれそうだから」



 好き、になれそう(・・・・)って?



「……一応私、だれとでもってわけじゃないからね。でも、どうなるかは後でも全然いいよ」



 たしかに今日、そのつもりだった、はず。だけど、今日会ったばっかで。


 さっと頭が冷えた。


 ――……俺、たぶんこーゆーの向いてないんだ。



「ごめん。俺、今日は帰るわ。おやすみ」



 そんなことを言ってその場を走り去った。家についてからハッとした。



「やば、傘もってきちゃったよ……」



  ◇  ◇  ◇



 まずった。なにが、とは言わんがせっかくのチャンスを。しかも、千歳から解放されるチャンスだったかもしれないのに。


 朝になって我に返った俺は、1限の講義室で後悔がおしよせてきて机に突っ伏している。


 そーだよ。はじめはとくに好きとかじゃなくても、付き合ううちに好きになったりするんだろうし。子どものころの人間関係にしばられてるより、そういうほうがずっと健全だ。


 ふと、自分のリュックの横にさしてあるあの子の折りたたみ傘をみやる。いまさら彼女とどうこうなれるわけはないけど、連絡して傘返して……。


 そこまで考えると、後ろの席のいすをおろす音がして顔をあげる。ふりかえると小野寺が荷物をおろしていた。



「おつかれー」



 俺はげんなりした声が出てしまったけど、小野寺は朝からさわやかだ。



「おつかれー。なぁなぁ、昨日あのあとどうだった? なんかあった?」



 声を落としてきいてくる小野寺。同時に、講義室にはいってきた千歳の姿が横目にみえた。


 一瞬、千歳とぱちっと目があう。何かが後ろめたくてごまかすようにひと呼吸おいて、小野寺に視線をもどして、にやっと笑ってみせた。



「あった。かなり」


「まじか! やるな中村! つーか俺キューピッドじゃん!」



 よし。ぜったい千歳にも聞こえてるはず。事実を思いかえすと情けなくて泣けてくるけど。


 視界のはしで千歳がこっちをみているのがなんとなくわかった。



  ◇  ◇  ◇



「浅黄くん合コンいったの!?」


「行った」



 本館の階段のしたで待ちかまえていた千歳につかまった。


 たぶん小野寺から話を聞き出したんだろう。行くまえにバレると絶対じゃまされただろうけど、行ったらこっちのもん。事実はどうであれ、千歳離れをすすめているのを本人にも知っておいてもらわねーと。



「浮気だぁ……っ!」


「浮気じゃねーだろ、そもそも付き合ってねーし!」


「なんでいくの~合コン~ひど~い」


「ひどくない! 彼女ほしいっつっただろ! なんでこんなこと大声で言わなきゃいけねんだよ……」



 廊下に響く自分の声に気まずくなる。



「わたしとつきあってよぉ」


「お前以外がいいの!」


「いじわる~! もうきらい!」


「やったね!」


「やだぁ~すきぃ~」


「ッやっめろ、ひっつくな! シャツのびるって!」



 ぎゅ、と千歳がシャツをくっちゃくちゃににぎりしめて泣きついてくる。けど、次の瞬間、俺のリュックの傘を目ざとくみつけて「これ……」と手をのばして真顔になった。嘘泣きじゃねーか。


 右ななめの子の傘。めちゃくちゃかわいい系の柄とかではないと思うけど、たしかに一目みたら女子の傘だとわかると思う。ていうか、千歳なら気づく。 「浅黄くんにオンナのカゲが!」とか言ってとっととあきらめろ!



「やっぱりこの傘。浅黄くんだった。見間違えるわけないもん」



 千歳の反応は予想してたのとちがって淡々としている。



「歩いてたよね。女の子と。コレさして」



 まさか、見られてた? 繁華街のどこかで? 見てたなら声かけて来そうなもんだけど。凸られてたら彼女を名乗る謎の女と、あの子と俺でド修羅場になってたのか。千歳にまだ理性があってよかった。



「なかよく相合傘しちゃって……」



 うつむいてぶつぶつ言っている千歳がパッと俺をみあげた。



「あの子とつきあう?」


「……かもな」



 どちゃくそ嘘をついてる自覚があるから、昨日うまくいかなかったのを何かのせいにしたい気持ちがわきあがる。そう、例えばほかのやつといるときまで頭に浮かんできたコイツ、とか。



「……だめ」



 食いさがるのはいつものことなのに、無性にいらいらした。



「だめってなんで? お前に指図されなきゃいけないの? お前以外のやつと関わるなってこと?」



 やば、思ったより低い声でた。千歳の肩がピク、とゆれるのが目にはいったけど、口をつく言葉がコントロールできない。



「ただとなりの家に住んでただけのくせに、やることなすこと全部に口出すなよ」



 千歳が無言でうなづくのが視界のはしに映る。



「俺、お前がいやがることこれからバンバンするし、はやく嫌いになれば?」



 もう、千歳の顔を見てられなくて全然別のほうを向いていたけど、「……ならない」とちいさい声だけ耳にはいる。


 はーっとため息がでた。



「……すきっていうわりに肝心な相手の気持ちは?」



 今度こそ千歳は黙ったまま。



「わがまますぎるだろ、まじでガキ」



 別に。ほんとのことだ。千歳がわるい。


 けどそう言ったあと、俺は逃げるように本館を飛びだした。



  ◇  ◇  ◇



「浅黄くん、紙あげる」


「あ、りがとう」



 あの日から1週間たとうとしている。で、した会話がこれだけ。


 すこしだけ遅刻した授業の出席用のシート、俺のぶんをくすねていたのをこっそり渡してくれた。無視されるでもなく、フツーにほかの友だちといるときの千歳の感じで接してきて拍子抜けした。むりやり隣に座ってくることもなかったし、「いっしょにかえろ」も言われなかった。


 千歳のことだからすぐ大人しくなるとは思ってなかったのに、あっさりと欲しかった平穏がおとずれて変な感じがする。


 それに静かにしている千歳をみることがふえて、だまってればそれなりに大学生っぽく見えるんだな、とか思うようになった。俺のそばにいるからガキっぽく見えてただけなんじゃ、と気づいてしまって、自分も千歳にとっての足かせだったなんてすこし情けない。


 あと、服あんな感じだったけ? とか、髪巻いてたっけ? とかここ数日で気になる変化はあるけど、気にしないようにしている。


 幼馴染でいつまでもつるんでても、なんにもならないんだし。


 せいせいした、と思う。まだ実感ないだけ。



  ◇  ◇  ◇



 千歳から解放されて1週間たった。


 今日は、大学近くの区民プールでバレーしよう、とサークルの先輩たちに誘われていて、午後の授業がおわって目的の場所にむかおうと本館をでると、雨が降っていた。


 またか学べよ、と思うけど、朝降ってなきゃ傘なんて持ってこないし、置き傘たまってるところはキャンパスの裏でめんどいし、どうせ水にはいるんだし濡れてもいいか、とか考える。


 雨の日は、最近のことがいろいろ思い浮かんであんまり好きじゃない。


 なんとなく傘の彼女とは連絡をとる気になれなくて、家の玄関に置きっぱなしになっている。完全に借りパクでまずいとは思う。


 それに、千歳。1週間もまともに話さないのなんて人生ではじめてかもしれない。今日のサークルに来るかわからないけど、来たとしてもなんでもない同期のひとりとしていられそうな気がする。やっと。


 でも、今日少しだけ気になることがあった。講義室でたまたまばっちり目があったとき、さっと目をそらされた……気がする。やっぱり最後がけんかみたいになったのはまずかった?


 もんもんと考えしまい、本館の屋根の下にまだつったっていた。


 ふと、前をみると見覚えのありすぎる背中が正門を出ていくのがみえた。


 ――……千歳。


 でかいビニ傘に誰かとふたりではいって歩いている。たぶんだけど、サークルの先輩かな。2年の男の。


 「傘忘れちゃって。いれてくださ~い」とかヘラヘラしてる千歳の顔がかんたんに思い浮かぶ。それか「先輩、傘いれてあげますよ」だ。


 そんなにくっつかなくてもいいような感じで肩をよせあって視界から消えた千歳と先輩が、頭のなかで何回も再生される。ゆっくり。


 俺みたいなやつのことやさしいとかいうくらい頭がゆるい千歳だったら、ほかのやつにちょっと親切にされただけで、ころっと気が変わりそうだ。


 先輩は傘のなかでなんて思う? 千歳にくっつかれて、たぶんまじめに聞かなくてもいいような話を千歳がずっとしていて。それで……たまに目があったりとかして。


 きゅ、と喉の奥が苦しくなった。


 それで……きっと、ほかの女子と違ってやさしいにおいがする。



  ◇  ◇  ◇



 はっと気づいたときには、息を切らせて千歳の手をつかんでいた。



「お前、なに」



 それだけが口から出て、千歳を傘のそとに引きずりだすようにした。先輩は傘片手に「え」みたいな顔をしていたけど、よくおぼえてない。


 ダッと腕をひいて駆けて、千歳を正門のわきのレンガのくぼみのようなところに押し込んだ。ぽかんとしている千歳のうしろに『消火栓』の文字が見きれている。


 ふたりで雨宿りするには軒下のスペースはぜんぜんなくて、向かいあって立つと体半分くらいが濡れていくのがわかった。でも、そんなことは気にならなかった。



「なに、お前」



 さっきとおなじようなことを口走る。



「次はあいつ? もう乗りかえたんだ?」



 千歳は、ずっときょとんとしていたけど、だんだん不安げな顔になってきた。


 絶対さっきはにこにこしてたくせに、なんだその顔。



「避けてるだろ。俺のこと」



 今から俺、勝手なこと言うな、と思いつつもとめられなかった。



「……あんなにすきすき言ってたのに、もうそうじゃないってこと?」



 千歳がちいさく息をのんだ。



「雨、特別だって言ってたじゃんか」


「……」



 千歳が手をのばしてきて、すい、と顔にはりついた俺の髪をととのえた。そのまま、うれしそうな声をもらす。



「他のひとと相合傘したからおこってるの?」



 ぶわ、といっきに顔があつくなってだまりこむ。



「……」



 ニマニマしたまま、また髪の毛をいじってくる千歳をみても、さっきの苦しさはまだ残ったままだ。



「特別だって言ったじゃん……」



 ぼそ、とくり返す。


 泣きそうで、たまらなくなって、ぐっと息をのみこむ。



「お前はそういう軽いやつじゃないって思ってたのに」



 しぼり出すように言うと、雨が降ってるはずなのにしん、と静まりかえっているように感じた。


 ――……長い沈黙。


 ふと気づくと千歳の鼻をすする音がきこえた。まずい、こんなさむいとこに長居させて……。


 うつむいていた顔をあげて千歳のほうをみたら、ぎょっとした。



「な、んで泣くんだよ」



 目の前には、ぼろぼろ涙を流す千歳の姿。なんで、と言いつつ俺のせいなのはわかってるけど……。


 千歳は、えぐえぐ言いながら口をひらいた。



「浅黄くんとじゃないと、とくべつじゃない……っ」



 さっきまでの苦しさとは別で、胸がきゅ、とする感じがした。



「……っかんちがいさせたならもうしない、から。軽いなんて言わないで」



 千歳はそのまま「ほんとにすきなのにぃぃ」とわんわん泣いて抱きついてきた。



「……ッわかってる。ほんとに軽いなんて思ってるわけないだろ。あんだけしつこいのに……」



 いつもはしないけど、腕をまわしてやる。



「……さっき言ったの全部わすれていーから。別に、他のやつに気ぃ使うの、やめなくていい。お前のそういうとこなくなるの、いやだし」



 「それに」と続ける俺の胸から顔をあげた千歳と目があう。もう涙はひっこんでるけど泣き顔だ。



「先週のことあやまりたい」



 ひと呼吸おく。



「……新しい環境になって、なんか分かんないけど置いてかれてるの、お前のせいにして、八つ当たりしただけ。まじで俺ガキすぎ。あと……」



 また顔があつくなってきた。



「さっきのは……あやまりたいのにお前、絡んでこなくなるし。俺のせいだけど。なのにお前、他のやつに絡んでるし、よりによって傘……」


「やきもちやいちゃったの?」



 かぶせるようにうれしそうな声がする。


 言われたくなかったけど、どうみてもそうだし、いつもみたいに「ちがう」とか言い返せなくてだまりこむ。



「わたしもいっしょー」



 ぎゅ、とやさしい力で千歳が抱きついてくるけど、振りほどけない。



「浅黄くんのみんなにやさしいところ、すきなのにやきもちやいちゃった。あんまりかわいくない気持ちでそばにいたくないから、セルフみそぎ(・・・)してたの」


「……みそぎ(・・・)って」



 思わず苦笑いするのと同時に、勝手にななめうえの発想をする千歳に少しムカついた。



「そんなの気にしねーよ、いまさらだろ。お前もともと嫉妬深いし。ずっと避けるつもりだったのかよ」



 千歳が「え」と変な顔をした。



「そんなわけないじゃん、明日から話しかけるよ」


みそぎ(・・・)は!?」


「1週間だから。今日、最終日だけど、ふつうにしゃべっちゃって台なしだね」



 えへへ、と笑う千歳。



「お前あんだけ言ってホントに響いてなかったの!? 1週間だけで済むとか、バカじゃねーの!?」



 自分で言ってることぐちゃぐちゃなのはわかってるけど、しょうがなくないか!?



「響いてる! ちゃんとがまんする練習したもん」


「どうやってだよぉ」



 情けない声が出た。



「浅黄くんが夜道を女の子ひとりで歩かせないのとか、傘なかったら入れてあげるのとかふつうのことだもんね。がまんできるよ。あと……」



 そう言いかけて、千歳がぐすっと鼻をならした。



「ほかのこ好きになっちゃっても、がまんできる……から」



 さっきより控えめだけど、千歳の目がうるうるしてくる。



「だっ、泣くなよ! お前に泣かれるのやだ……」



 この前怒ったときでも泣かなかったのに今日はよく泣くし、ぜんぶ自分のせいだと思うけどどうしていいかわからない。


 千歳の目からぽたっと涙がおちて、そのまま勢いづいたのか「がまん、できないぃぃぃ」とまた泣き出す。俺の袖をにぎりしめて。



「ぅ、ほかのこ好きにならないでぇ、やだよぉぉ……」



 とかなんとかわめきだすから、もうやけくそになって思いっきり引きよせる。



「あーーーわかった!! ならない ならない ならないーーー!!」


「……ほんと?」



 胸のあたりからくぐもった声がする。



「ほんとほんと!!」


「……合コンの子は」



 し・つ・こ・い……!



「なんもなかったって! クラスで見栄張っただけ! わかるだろ!? こういうダサいとこあんの!! 別にお前の前でかっこつけたところで意味ないし、ほんと!!」


「……」



 しずかになった千歳をやれやれ、と見おろす。



「……だいたい、今日会ったやつその日のうちに好きになるわけないだろ」



 えへ、と変な声をだして千歳が顔をあげた。泣き笑いしてるし、にやにやしてるしひでぇ顔。腹立つな。



「……ッだからってお前のことがすきなわけないからな」



 せっかく釘を刺したタイミングで、ぶぇくしょい、と千歳がくしゃみをした。


 いつの間にか雨は霧雨に変わっていて、細かい雨粒でふたりとも髪や肩がびちょびちょになっている。


 あんまり意味はなさそうだけど、プール用のタオルをひっぱりだした。



「ほら、ふいてやるから」



 タオルですっぽり包んでやる。身をあずけてくる千歳の髪をぽんぽんたたきながら、テキトーに話す。



「髪、巻いたの?」


「んー、でもほとんど取れちゃったね……」


「あんましないのに」


「雨だし、どうせ広がるから……あと」



 そこで千歳がちょっと笑った。



「小野寺くんから情報を入手しまして」



 ぴた、と手がとまる。



「お姉さん系がいいんでしょ? さっきみた? わたしの外巻き。かわいかった?」


「……みてない」



 ならなくていーし、とつぶやいて、それが聞こえないようにガシガシ手の力をつよくした。



「いーたーいー!」



 笑いながら千歳がタオルから顔を出した。


 瞬間、ふわっと知ってるにおいにつつまれる。



「……」



 も~ぐちゃぐちゃ~、とか言いながら手ぐしで髪をすく千歳をさりげなく見つめる。


 へらっと急にこっちを見た千歳の視線からにげるように、レンガのタイルに目をうつした。



「……お前ってさー、なんかつけてんの?」


「なんかって?」





「……なんでもない」





 千歳とふたり、つめたいレンガのタイルにもたれて、狭いくぼみのなかで、できてないけど雨宿りしている。タオルをたたみながら千歳が言った。



「プールいくんだよね?」


「うん」



 また雨粒がおおきくなってくる気配がする。



「……傘、裏からとってくる」


「……おいてく気でしょ」



 千歳はすっかりいつもの調子になって、拗ねたような、冗談めかすような口ぶりだ。

 今さっきした仕打ちを考えるとしょうがないけど、そんなひどいやつみたいな言い方をされて苦笑いしてしまう。



「するわけねーだろ……」


「そーかなぁ~。逃げないようにいっしょに行こうかなー」


「いいって!」



 ちょっとムキになって言い返して、また俺だけ勝手に気まずい気分。



「……泣かせちゃったし……ここで待ってれば」



 うまくやさしく言えなくて、ただつぶやくだけみたいになって落ちつかない。



「気にしなくていーよ、そのまま裏からいこう?」


「……」



 千歳の声がやわらかく聞こえて、自分とくらべてしまって。それに、気にしなくていいわけないだろ、とか胸がもやもやして何も言えない。すると、ぺた、と千歳が肩をよせてきた。



「ほんとに。許してあげる」



 にやっといたずらっぽい顔でのぞきこまれる。



「ぎゅー、してくれたもんね」


「っし、てないっ! 慰めただけ!」


「えー! らぶらぶな感じだったじゃん!」


「全然ちがう! あれはスクランブル交差点の感じ!」



 ワールドカップとか、そういう。



「ええ……じゃー別でお詫びしてもらわないと」


「うわ」



 ぶつぶつ言いはじめた千歳にイヤな予感がして思わず息が漏れる。



「なにしてもらおうかなぁ……」



 断りづらいのをいいことにとんでもないこと言われるやつだ……! たとえば。



「せっかくだし……」


「待て、やっぱ」



 まっすぐな瞳にみつめられて、ぎ、と固まる。



「千歳って呼んで?」


「は」



 まぬけな声がでた。



「あー! がっかりしてるー! ちゅーして、って言ってほしかったんだー!」


「ちげぇ! 変な頼みだったから!」



 どくどく心臓がうるさい。千歳に聞こえそうなくらい。



「変じゃないよー。最近、『おい』とか『お前』ばっかりじゃん」



 こっちの気も知らないで、いや知ってか、ぶつくさ言いながらさらに身をよせてくる千歳。

 顔見られたくなさすぎて、体をひねるけど千歳がそっと手をまわしてくる。いつもみたいに強引じゃないのに、逆らえなくて。



「……ち、」


「はーやーくー」


「っ名前だけって、なんの文脈もないのにおかしいだろ……」



 ほら、せっかく覚悟きめたとこだったのに急かすから。



「ひょっとしてまだちーちゃんって呼んでるから慣れてないの?」


「ばっかじゃねーの!」



 こいつ……!

 やりあうのに疲れて息をつく。



「……いーかげん遅刻するし」



 軒下から雨の中に踏みだしながら口をひらいた。



「……走ろ、」



 ――ちとせ。

 小さく付け加えて足をはやめた。



「えぇ~? なーにー?」



 追いかけてくる声だけでにやけてるのが丸わかり。むかつく。



「ぜったい聞こえただろ!」



+ the End? +



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ