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ヘイセイオブジエンド  作者: どうもネギです
第1章:オワリノハジマリ — チュートリアル開始
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第1話「止まった夜に現れた神」

令和へのカウントダウンが始まる――そんな華やかな報道が連日テレビやSNSを賑わせていた平成三十一年四月三十日の深夜。

 俺は霧島ハジメ。二十歳そこそこの大学生で、友人に誘われて都内のカウントダウンイベントに参加していた。もうすぐ元号が変わるという歴史的瞬間を目撃するため、人々はスクランブル交差点や大きな広場にごった返している。まるでお祭り騒ぎだ。平成最後の夜を盛大に送り出すかのような熱気に包まれていた。


 もっとも、俺自身はそれほど騒ぐタイプでもなく、友人のノリに付き合っているだけという感覚が強い。大画面ディスプレイの上には「平成最後の秒読みまであと10秒!」とカウントダウン表示が出ていた。マイクを持った芸能人らしき人々が盛り上げる声が響き、周囲の観衆も笑顔で携帯を構えたり叫んだりしている。


 「……今年は特別だよなあ。普通の年越し(厳密に言えば年度越しってやつか?)じゃないし」

 となりで呟いたのは佐伯ヒロキ。高校時代からの付き合いで、このカウントダウンに誘ってきた張本人だ。彼は陽キャと呼ばれて差し支えない男だが、悪いやつじゃない。


 「そうだな。俺はいつもなら家でテレビ観るぐらいなんだけどさ……」

 「まあまあ、一生に一度あるかないかの瞬間なんだ。ちょっとははしゃごうぜ!」


 そう言ってヒロキが笑う。夜の街はすでに熱狂の渦で、やたらな人混みが苦手な俺も、仕方なくその雰囲気に乗っかっていた。

 大画面のカウントが残り5秒になったとき、拍手と歓声は最高潮になる。俺もヒロキもそれに合わせて声を張り上げる。


 ──しかし、その瞬間だ。画面の「0」が表示されたのと同時に、すべてが止まった。


 いつもなら「令和おめでとう!」と爆発的に人々が叫び、クラッカーが鳴り、紙吹雪が舞うはず……なのに、一切の動きが消えた。まるで時間が凍結したかのように、周囲の人も画面も、車も何もかもがピタリと動かない。俺だけが、なぜか意識を保っていた。


 「え……? ヒロキ……?」


 声をかけてもヒロキはまばたき一つせず、口を開けたまま停止している。視線を横にやると、見知らぬ人々も同じように固まっていた。街頭ビジョンは0秒を示したままピクリとも動かない。


 混乱する中、俺は何とか体を動かそうとした。すると、不思議なことに自分の手足は問題なく動く。かと思えば、周りの空気が重く、圧縮されたような息苦しさがあった。とにかくこの異常事態をどうにか理解しようと、立ち尽くしていると――


 「やあ、そこのお前。聞こえるか?」


 不意に、頭の中へ直接響くような声が聞こえた。老若男女の区別もつかない、どこか底知れない響き。


 「誰だ……? どこにいる?」


 周りを見回しても誰もいない。むしろ、誰も動かない。けれど、声は俺の脳内にだけはっきり届いているらしかった。


 「ちょうどいい。暇つぶしがしたかったんだよ。せっかく盛り上がってるこの国を見てたら、ちょっと面白いことを思いついてね」

 「すぐ死なれちゃ困るからさ、ある程度の手加減はしてやる。だけど、まあ……楽しませてくれよ」


 底意地の悪い笑いが脳内に響く。わけが分からない。だが、次の瞬間、世界が再び動き出したかと思うと――何かが大きくズレた。


 耳鳴りがして、視界がぐにゃりと歪む。パネルに映っていた夜景が急に暗転し、そこに「砂嵐」めいた映像ノイズが走った。そして、人々の悲鳴が耳を突く。

 「ぎゃあああっ!」

 「何だあれは……!?」

 「嘘だろ……化け物だ!」


 一斉に逃げ惑う人々の中、俺は思わず身震いする。視界の隅に、まるでゲームや映画のファンタジー世界から飛び出してきたような生物――モンスターがいる。犬のような四足獣だが、毛はなく、皮膚が紫色にただれている。血走った目と、鋭い牙が不気味に光る。


 ヒロキがようやく動き出し、俺の腕を必死につかんで叫ぶ。

 「ハジメ、なんだあれ!? ちょ、やばいぞ、逃げ……!」


 周囲を見る限り、そんなモンスターが何体も湧き出ている。人混みの中で絶叫や悲鳴が飛び交い、アスファルトには血が広がっている場所もある。


 「……くそっ!」


 突然の惨劇に言葉も出ず、俺はヒロキの腕を握り返す。だが、ここで立ち止まっていれば襲われるだけだ。そう思い、近くの建物の陰に逃げ込もうと駆け出した。


 逃げながら見上げたビルの壁には、先ほどの「新元号おめでとう」的な文字が歪み、そこにノイズ混じりの映像が写る。そして、またあの声が響いた。


 「最初の七日間はチュートリアルだ。優しめの敵しか出さない。もっとも、すぐ死ぬやつは死ぬだろうがね……」

 「電力? 通信? まあ、その辺もじきに止まるさ。生き延びたければ、どこか安全な場所に隠れてレベルでも上げておくといい。すべては“システム”に書いておいたからさ」


 映像の中で、仮面のような顔が薄く笑っているのがちらついた――そう感じるけれど、確証はない。ただ、そこにあるのは“神”と自称する悪趣味な存在かもしれない、という嫌な予感だけだった。


 「システム……? 何だそれ……」


 ヒロキと建物の玄関先に身を隠し、一息つく。周囲から断続的に悲鳴と破壊音が鳴り響く。どう考えても普通の世界じゃなくなってる。さっきまでの浮かれた空気はどこへ行ったんだ。


 そんな自問自答をしていると、俺の視界の端に半透明のウィンドウがポンと出現した。まるでRPGのステータス画面みたいだ。


 《Name:霧島ハジメ Lv:1 HP:100 MP:50 ……》


 「え……」

 思わず声が漏れる。ヒロキも虚空を見つめ「何だこれ」と震える声をあげている。どうやら俺だけじゃないらしい。


 これが神が言っていた“システム”なのか?


 完全に未知の事態の連続。だが、悲鳴を無視して思考にふけっている余裕はない。ビルの外では、例の紫色の犬型モンスターがこちらの気配を察知したのか、唸り声をあげている。


 「俺たち……どうする……?」

 「分からん……でも、とにかく武器がないとヤバいだろ」


 ヒロキの声に頷き、辺りを探す。ビルのガラスは割れて崩れ落ち、その破片が床に散乱している。傍らに転がっていたのはアルミのパイプ椅子。これを持てば多少は武器代わりになるか?


 恐る恐る表に顔を出すと、モンスターは既に周囲の人影を探すように鼻を鳴らしていた。それが振り向いて俺らを見とめると、牙をむき出しにして飛びかかってくる。


 「くっ、うおおおっ!」


 思わずパイプ椅子を振るった。すると、思ったよりしっかり命中し、モンスターが悲鳴をあげて仰け反る。いや、まぐれ当たりだろう。だが、HPとかMPとか出てるんだ。もしかして、この世界はもう現実じゃなく、ゲーム的なルールが適用されているってことなのか?


 ゴンッ! ともう一度椅子を振り下ろすと、モンスターは血を吐いて倒れた。すぐに息絶えたらしく、それ以上は起き上がってこない。俺は肝を冷やしつつも、少しだけ安堵する。


 「や、やったのか……? 俺たちでも倒せるんだな」

 「まじかよ……俺らただの学生だぞ?」


 ヒロキも顔を強張らせながら見下ろす。すると、俺の視界には新たな半透明ウィンドウが出現した。


 《ストレイハウンドを撃破。経験値を100獲得しました。》

 《レベルが1→2に上昇。スキルポイント1取得。》


 「レベル……アップ……?」

 これが神の言うゲームシステム? いや、全然呑み込めないが、現実がゲームじみた状況になったのは間違いない。


 さらに見回すと、他の場所にも同種モンスターが何匹もいて、逃げ惑う人を襲っている。めちゃくちゃだ。


 「チュートリアルって……これが優しめってことか? 冗談じゃないぞ……」


 ヒロキも少し吐き気を催しそうな顔をしている。だが、一方でこのまま逃げてばかりでは誰かがやられてしまうかもしれない。俺たち自身も、長くは持たない。


 そんな思考が渦巻く中、あの“神”と名乗る声がまた頭の中で笑ったような気がした。


 ──こうして、令和の幕開けと同時に訪れるはずだった祝賀ムードは一変。

 全く別の“終わり”が始まった、最初の夜だった。

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