後編(カイト視点)
ーーー6歳
「はじめまして、わたくしはフィリア。あなたは?」
眩しい笑顔の少女が差し出してきた小さな手が怖かった。
「は、はじめまして。ぼ、ぼくはカイト。」
春の日差しの中、それがぼくたちの出会いだった。
ぼくは、年相応に遊びたい盛りの兄たちと仲良くすることができなかった。遊ぶよりも勉強をする方が楽で、いつのまにか五歳ほど歳の離れた兄たちよりも先の教育を受けていたし、そのことで父にぼくと比べられた兄たちに疎まれるようになった。
ぼく自身は気にしていなかったけれど、兄弟の仲違いを見た母が気を病んでしまい、そんな母を見た父がぼくたちに激怒したため、一時的に僕ら三兄弟はそれぞれ別の家にお邪魔することになった。
そしてぼくが訪れたのが、フィリアの家だった。
同い年のはずのフィリアはぼくよりも一回り大きく、お姉さん面をして絡んでくるのは、正直めんどくさかった。
遊びに誘われたが、何が面白いのか分からず、ぼくはいつも通り過ごした。あの頃は、決まった時間になったら決まったことをしてタスクをこなすことが一番楽な過ごし方だったから。
梅雨が終わる頃、ぼくはさらわれフィリアに助けられた。
あの日の記憶は実はあまりない。
あるのは、フィリアに抱きしめられながら大声をあげて泣いたこと、そしてフィリアが父親に抱きしめられながら泣いていた姿だ。
常に笑顔で話しかけてきていた少女の涙を見て、ぼくは守るべき存在に守られていたことを知った。それまで何にも興味を持つことはなかった、カイトのはじめての興味の対象はフィリアだった。
それからというもの、フィリアがどこに行くにもカイトはついていった。
「フィー!遊ぼう!」
「フィー、一緒に行ってもいい?」
他人である自分に対して、まるで弟のように接してくれたフィリアは何をしてても何もしなくてもカイトと一緒にいてくれた。
ある夜、雨がすごく雷が鳴り響いた。
カイトはこないだ読んだ勇者物語みたいだ、ぜひとも勇者ごっこをしなくては!と思い、夜ではあったがフィリアの部屋に向かった。
いつものように笑顔で出迎えてくれるはずだったフィリアの部屋を覗くと、ふとんの塊からすすり泣く声が聞こえた。
「フィー、大丈夫?」
カイトがかけた声に返事はなかった。
「任せなさい」
扉を開けて立ちすくむカイトの後ろから声がした。フィリアの父親だった。
そして、布団の塊を抱きしめ何か言っている。するとそこから目を腫らしたフィリアが怒りながら出てきて、そのまま父親に抱きついていた。
その光景を見て、カイトはなんとも言えない気持ちになった。家族に初めて会いたくなったし、フィリアを抱きしめたかった。
その後、フィリアから
「カイトがほんとに弟になってくれたらいいのに」
「カイトのことは守ってあげる」
など言われるたびに、なんとも言えない気持ちになり苦笑いをするようになった。
それからしばらく経ち、家に帰ることになった。
母の症状は落ち着き、兄たちの気持ちも変わったらしい。素直に嬉しかった。そして、嬉しいと思えていることも嬉しかった。
フィリアに話したかったが、フィリアはその日出てこなかった。なんでだろうと考えてようやくフィリアとの別れが分かった。寂しくて悲しい。
どうするのが正解か分からなかったが、勇気を出してドアを叩いた。
「フィー、遊ぼうよ…」
返事は来ない。
ぼくの声じゃ届かないんだ。
うつむきかけたその時、足音が聞こえて、バーンと扉からパジャマ姿のフィリアが飛び出してきた。
「うん、遊ぼう」
この時、胸の中でカチッとなる音がした。
ーーー10歳
あれから四年。
あの頃を思い返すと、自分は普通の子どもではなかったと、改めて思う。
フィリアの家から帰ると、僕を見た両親が急に涙を流した。話を聞くと、うちの血筋では時々感情を閉ざして生まれてくることがあるとのこと。その代わり、何かに秀でるらしい。
確かに、それまで感情という感情を持ったことはなかったのかもしれない。楽しかったこと、悲しかったことはなく、ただめんどくさいなと思いながら日々を生きていた。
やはり五歳も違う兄たちより教育が進んでいたのはおかしかったみたいだ。
そして、その感情を解き放つのが運命の恋らしい。当時の僕は、恋について知らなかったが、毎日フィリアについてしか話さないぼくを見て周りはフィリアが運命の恋の相手だと気づいたらしい。
ただ、運命の恋は少し厄介で、相手への想いが少し重くなり、何よりも優先したくなる。そして、唯一無二がその時点で決まってしまう。
両親は僕とフィリアをくっつけようと画策していたが、当時のぼくはフィリアと過ごした日々と週に一回のフィリアからの手紙で胸がいっぱいだった。何度も何度も読み返し、いつも返事をギリギリになって書くためいつも同じような内容を送っていた。
それでも両親は婚約をできないかフィリアの父親に声をかけたり、連絡をこまめにとったりしてくれたらしい。格上になるうちからの申し込みを優しさだと思い、都度そんなことしなくても私たちの仲ではないかと返事が来て何も進まなかったが…。
ーーー15歳
そして、今日フィリアに九年ぶりに会える。実は週に一回の手紙だけで一日使い物にならないことが判明した僕は、フィリアと会うのは準備ができてからという方針が両親によっていつのまにか引かれていた。何度かフィリアに会いに行こうと画策したが、フィリアの肖像画と交換で実行せずに今日まできた。
フィリアのことは手紙に書いてあった些細なことも全て暗記しているし、肖像画のフィリアたちとも毎日顔を合わせている。
でも、ついに本物のフィリアに会えるんだ。いてもたってもいられず、入寮後すぐに女子寮に向かおうとしたが、オリバーにやめておいた方がいいと諭された。我慢しよう、でも明日こそは!と思った翌日、入学式前に女子寮で出待ちをしてみた。本来は女子寮の近くを男子生徒がうろつくのはよくないと分かっていたのに、この時はそんなこと頭になかった。
すると、なんということだろう。肖像画の何倍もいや何十倍も、いやいや何百倍も可愛く綺麗で上品で可憐なフィリアが出てきたではないか。その姿に思わず見惚れていると、フィリアは少しこちらに目線を送ってくれたが、すぐに歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って」
どうにか急遽絞り出せた声がこれだった。なのに、フィリアは振り向かずそのまま進んでいく。どうにかフィリアを止めないと、とフィリアの前に駆け寄った。正面から見たフィリアの攻撃力が高く、また時が止まった。
「すみません、気づかず…。私に何かご用でしょうか」
首を傾げながら、上目遣いで見つめてくるフィリアが可愛すぎるが、気づいてくれない…。
「フィー…。私を覚えていないのか…」
我ながらとても寂しそうな声が出た。そのままフィリアを見つめていると、思考中ですと標識を立てたくなるような表情になり、その後思いついた!という表情に変わった。あの頃と変わっていない。
「ま、まさかカイト様ですか…!?」
大きな声でフィリアが名前を呼んでくれた。ちゃんと覚えててくれたんだ!その瞬間、カイトの脳内では幸せの鐘が鳴り響いていた。
再会の時はどうしようかずっと考えていたが、いい案が思い浮かばなかったんだよな…。フィリアが飛びついてくれたら抱きしめて回転する案もあったし、驚いて涙を流してくれたら、これまた抱きしめて再会を噛み締めようと思っていた。
どうしようか悩んでいると、
「失礼いたしました。シュバルツ様。」
フィリアが突如家の名前で僕を呼んできた。え、なんで。驚きで何も言えずにいると、
「久しぶりにお会いできて嬉しかったです。失礼いたします。」
息をするように言葉を発し、すぐにフィリアは歩き出していた。その後の記憶は正直なくて、側にオリバーが寄ってきたこと、あとは任せたとオリバーに伝え、その場を後にした。
だが、オリバーは上手く仕事をしてくれた。入学式の記憶はなかったものの、教室に戻った時、僕の横にフィリアが来てくれた。
それからというもの薔薇色のスクールライフが始まった。大好きなフィリアと一緒に登校して勉強をしてランチを食べて、時々図書委員の活動をしたり、テスト勉強をしたり、あっという間に一年は過ぎた。
大型休み期間に入るたびに、フィリアにうちの家に遊びに来ないかと誘ったが、学園滞在期間中は実家にも帰らないからやめておくと断られてしまった。卒業まで待つか…。
ーーー16歳
そんな中、二学年になる前に、とフィリアから言われたことは衝撃だった。
フィリアは女の子の友人が欲しいこと、僕とずっと一緒に過ごさなくていいのではないかということを伝えてくれた。
正直僕がいればいいじゃないかと思わないこともなかったが、僕にはフィリアもオリバーもいる中、フィリアには僕しかいなかったのかと思うと、少し寂しいと思った。
だって、今日のフィリアがどれくらい可愛かったか、フィリアとどんなことをしたいか、昔のフィリアもどれくらい可愛かったか、明日のフィリアがどれくらい可愛いだろうかと話す相手がいないということだろう。そんなの悲しいじゃないか。
そうしてオリバーに相談し、フィリアの友人探しのお茶会を開催したのであった。
お茶会は僕の家の別邸で行い、調査に調査を重ね、フィリアと元々話したことがあり、趣味も合いそうなメンバーを集めることにした。
サーシャとは子供の頃の集まりで会ったことがあり顔馴染みのようなものだ。婚約者もいるサーシャと仲良くなって、婚約者欲しいなと思ってもらえたら嬉しいなという下心も少しだけある。
オリバーのいとこのケイシーは、少し気が強いところはあるが、その代わり正義感も強く身内と判断した人間にとにかく優しい。フィリアのことを守るのは自分でありたいが、どうしても男の入れないところはあるため、ケイシーにフォローしてもらえたら心強い。
そして平民のララ。フィリアの領地では、平民との距離が近かったため、フィリアが気にかけていたのは気づいていた。裏も洗って何もないことが分かったため、招待した。
フィリアたちは、読書が趣味ということで、僕とオリバーを置いて大いに盛り上がり、お茶会が終わる頃には友人になっていた。
そして、二学年に上がり、僕は生徒会に入り、フィリアと過ごす時間は大幅に減った。しかし、フィリアたちの集まりの場所は、実はサーシャにお願いし、生徒会室から見える場所にあるため、遠くから眺めフィリア不足を補っていた。
それでももちろんフィリアと話したい欲求は治らなかった。生徒会メンバーから婚約者の話を聞くたびに、早くフィリアを婚約者にしたいと願った。
生徒総会の準備に追われる金曜日。
フィリアたちは、いつもの場所でお茶会しているのかな〜と思いながら仕事をしていると、コンコンと生徒会室に誰かがやってきた。オリバーが出迎えると、サーシャとケイシーだったようで、三人が会話している。二人から何かを聞いたオリバーがこちらにやってきて、そこでフィリアのお見合いについて知った。
青天の霹靂とはこのことか…。頭が真っ白になっていた僕の代わりにオリバーが話を進めてくれて、忙しい中、今日は先に帰っていいと言われた。寮には帰らず実家に向かう。どうにかしなくては…。
実家に久しぶりに帰ると、みんなに驚いた顔をされた。フィリアの近くから離れて大丈夫なのかと言われたが、最近は別に行動できているし、問題はない。今もフィリアの行動をケイシーが見守ってくれているはずだ。
そんなことより、と母にお見合いの件を伝えると、
「なんてこと!なんとかしないとね。任せて、伝手はあるから」
と言って、部屋を飛び出した。
その日のうちに、お見合い相手が誰か特定し、翌日の面会まで漕ぎつけた。恐ろしいことに明日の昼がお見合い予定だった。
翌日。
父と共にフィリアのお見合い相手の家に向かい、穏便に話を終わらせた。昨日の今日でお見合いをなくすことはできないから代わりに出ることにした。
約束のお店で待っていると、フィリアがやってくる。少しおめかししてて可愛いが、これが自分のためじゃないことにモヤモヤする。
フィリアの父親だけが先に入ってきて会話をする。
「シュバルツ様お久しぶりです。今日はアテウマーノ様と約束をしているのですが、シュバルツ様はどのようなご用件でしょうか。」
「私たちの仲じゃないか、そんな話し方やめてくれ。お見合いだろ。アテウマーノ殿とは話をつけてきた。うちのカイトとお見合いさせて欲しい。」
父同士が会話している中、フィリアは何か考えながらこっちを見ている。とても可愛い。
二人の話はまとまり、フィリアを連れてフィリアの父親が入ってきた。
結論からいうと、ついにフィリアとの婚約が決まった。
初めて父親を尊敬した。巧みな話術でいつのまにか婚約の言質を取ってくれていたし、フィリアも予想外ではあったものの嫌ではないみたいだ。なぜ?と思ってる顔が可愛すぎる。
ーーー18歳
そして、学園を卒業してすぐに挙式を挙げた。
「フィー、ようやく結婚式だね。今日から一緒の家で暮らせるんだね」
「なんかあっという間だったわ」
「え、僕は10年も待ったのに」
「10年!?」
「そうだよ、急にお見合いするとか言うし、学園で婚約者探してたなんて思わなくて普通にフィーにも学園生活楽しんでもらおうと思っていたのに、急でびっくりしたよ」
「やっぱり本当はカイトじゃなかったんだね、お見合い相手」
「そりゃそうだよ、僕がいるのにお見合いさせるわけがないよ。フィーの結婚相手の条件は、お互いに尊敬し合える。不貞をしない。家族も含めて大切にできる。でしょ。そんなの僕がいいに決まってるし、僕の相手はフィーしかありえないんだから丁度よかったよね」
「丁度よかったのかなー」
「うん」
フィリアにはまだ僕の執着を見せてはいない。なぜって逃げられたくないから。まずは囲って囲って違和感に気づけなくするのが大事だから。
白い衣装に身を包んだフィリアと目があった。
笑顔を見せてくれると、笑顔を返してくれる。
「フィー、大好きだよ」
「わたしも」
今はこれでいい。僕たちはこれからなんだから。
ここまで読んでくださりありがとうございました!
読み専で色んな作品を読んできて、初めて書こうと思った日から何年経ったか…なんとか投稿できて良かったです。
本当は愛の言葉をたくさん吐いてほしいと思っていたのですが、上手くはいかないものですね。2人の時はきっと甘々です。
評価・リアクション・誤字報告などありがとうございます!とても嬉しいです!