(92)戦闘祭り(6)
「ま、ちょ、くっ」
闘技場に上がっていない状態で戦闘開始の宣言が出てしまったので、ヒムロは何とか状況を打破しようとするのだが、考えもまとまらずに何を口にしているのかもわからない。
しかし対戦相手である公爵令嬢であるイリスだけは嫌でも視界に入り、笑みを浮かべながら近づいて来るのだから、恐怖は相当だ。
「も、申し訳ありませんでした~!」
突然その場で土下座し、観衆の声をかき消すほどの大声で謝罪の言葉を述べる。
まさにレベル7の身体強化を全力で使った、究極の土下座謝罪を行ったのだ。
「……自分もここまでのクソ野郎は初めて見たぜ!どう考えたってその程度で許されるわけはないが、理解できないのか!自己保身に走ったクズ野郎にはイリス様の更なるお仕置きが炸裂する事間違いなし!これは期待できそうだ!盛り上がって行くぜ!」
「「「イリス様!!ぶっ潰せ!」」」
アナウンスを聞いてヒートアップしている観衆と、身体強化を使っている為にその全ての言葉が聞こえてきてしまうヒムロ。
土下座の姿勢のまま動かず、いや、動けずにいる。
「情けない奴だ。オラ!」
頭上から声が聞こえたかと思うと、一瞬の浮遊感の後に地面にたたきつけられる。
「流石はイリス様!正式な戦闘祭りとして闘技場にクズ野郎を連れて行ってくださった!」
連れて行ったと言うよりも放り投げられたと言う表現の方が正しいのだが、ここまで来てはもう謝罪では収まらない事は理解したヒムロは恫喝を始める。
「お、お前等、わかっているのか!これは国際問題だぞ。俺は、俺達はヨルダン帝国の公爵家の者だ!それを……交流と言う事で態々来てやってみれば、なんだ!このふざけた対応は!何が戦闘祭りだ!舐めてんのか?恥を知ったらどうだ!」
未だ治療がなされていないレグザが見えるので、そうなりたくない一心で観衆や目の前の対戦相手であるイリス、更には貴賓席で見下ろしているジェイド国王に向かって必死で訴えかけるヒムロ。
全ての事情を知っているソフィア達や観衆もあまりにも身勝手な言い分に唖然として静寂が訪れるのだが、貴賓席に座って見下ろしていたジェイド国王が徐に立ち上がる。
その姿を見て、やはり国際問題にされたくないはずだと確信していたヒムロは助かったと安堵するが、視線は突然襲い掛かられても対応できるようにイリスに向けられる。
イリスと言えば、反撃される可能性があるにも関わらずにジェイド国王に視線を向けており、まるでヒムロなど相手にならないと言わんばかりの態度だ。
拡声の魔道具を使っているのか、この静寂の場にジェイド国王の声が響き始める。
「ヒムロの話は聞かせてもらった。まぁ嫌でも聞こえてきたと言う方が正しいのだが、何とも情けない公爵家の嫡男よ。余の子供であれば即座に魔物や魔獣の餌にしたくなるほどだ。だが、ここは良識ある国家、シラバス王国であるが故にそこまではしないでおく」
もう助かったのは間違いないと、力が抜けて座り込むヒムロに視線を固定したままジェイド国王は続ける。
「だが、今はあくまで戦闘祭りの最中だ。お前は自らの意思で参加を申し込んだと聞いておるぞ?その証拠となる書面もあるだろう。闘技場に上がってまで不参加は認められんな。これも良識ある国家故のケジメだ。観衆も待ちくたびれている。さっさと始めてもらおうか」
これだけ言うと再び座って、ヒムロを見下ろしているジェイド国王。
「さ~、陛下より再び開始するようにとの大変ありがたいお言葉を頂いたぞ!じゃあゴミも闘技場に上った事だし、行ってみましょうか!改めて、戦闘開始!」
「う、うわぁ~~~~」
開始宣言の直後にレベル7の身体強化を全力で行使して逃亡するヒムロだがイリスが逃す訳はなく、膝を砕かれて逃亡する勢いのまま無様にも闘技場の上を転がっている。
「おいおい、こいつは三人の中で一番無様だ~!これが筆頭公爵の嫡男と言うのだから目も当てられないぞ!態度だけは一級品、能力や性格はゴミカス以下だ!」
煽られているヒムロだがアナウンスの声など聞こえる訳もなく、痛みと恐怖に耐える事で精いっぱいなのだが、そこにイリスの暗器による容赦のない追撃が加わる。
攻撃の軌跡が見えないのでどこに暗器が来るのかわからない為に避ける事が出来ずに、徐々に叫び声すら上げられなくなっているヒムロ。
「はっ、全く手ごたえがねーな。三バカ、仲良く揃って巣に帰れ!」
止めとばかりに、自らの足でヒムロを蹴り飛ばしたイリス。
「完全勝利宣言だ!流石は我らがイリス様!そして、この大会を急遽開催してくださったジェイド陛下に最大の賛辞を!」
「「「「うぉ~!!!」」」」
この会場にはヨルダン帝国から来ている公爵家の騎士もいるのだが、この雰囲気にのまれて何もできずにいる。
ジェイド国王としては仮にヨルダン帝国の騎士が本国でありのままを伝えたとしても、王国側はイリスが連戦している不利な状況である事や自ら参加を表明した書面による契約もある事から、何か文句を言われても突っぱねる事が出来ると思っている。
最悪の状況、国家間の闘争になったとしても愛娘や付き従ってくれている侯爵令嬢を殺害されかけたのだから、来るのであれば容赦なく相手になるつもりでおり、実は国民も同じ気持ちだった。
最終的に無様な状態を晒した三家の嫡男は、騎士に抱えられて帰還して行った。




