(90)戦闘祭り(4)
「はっ、口程にもねーな。控室で見ている残りの二人、逃げるんじゃねーぞ!」
「勝者、イリス様!!」
イリスが一声発声すると同時に攻撃の手を止めた事から、漸く勝利宣言がなされる。
瀕死のビルマスは王国の下級ポーションによって治療されるのだが、ここまでくると完治するにはネルが作成するレベルのポーションが必要になる。
公爵家の最高級品質の品を使えば日常生活にかろうじて影響が無い範囲までには回復可能だが、走ったり、ましてや戦闘を行なったりなど夢のまた夢。
貴賓席にいるジェイド国王や王女ソフィア、侯爵令嬢のラビリアは、招待した他国の公爵家嫡男に対する惨劇とも言える戦闘の結果を見て非常に満足そうにしている。
「さ~、のっけから盛り上がってまいりました。もう面倒なので色々とすっ飛ばして皆さんが期待する戦闘を開始したいと思います。イリス様もやる気……殺る気満々ですので、他の試合は今回の祭りにおいて大した意味はありませんから!と言う事で、次の試合は嫡男レグザのクソ野郎とイリス様だ~!」
「「「うぉ~!!」」」
完全にトーナメントの体をなしていないのだが、目的が公爵家の嫡男三人を完膚なきまで叩き潰す事なので、体裁を取り繕う事はあっという間に止めたシラバス王国。
このアナウンスも耳に入っているレグザとヒムロだが、二人はむしろ早く戦闘が出来る事に喜んでいた。
「不適にもやってきました、公爵家レグザ!私の目には笑っているように見えますが、その内心は如何ほどか。同列のビルマスが無残に、そして無様に敗北したのは控室から見ているはずだ!連戦……と言う程の疲れが残る様な試合でもなかったが、それでも連戦の疲労がほんの少しだけ残っているのかもしれない我らがイリス様は、この目障りで不快極まりなない男をどのように叩き潰してくれるのか、非常に楽しみです!」
アナウンスも一切取り繕うような事はしなくなっているのだが、観客を始めジェイド国王も止めるどころか非常に満足そうにこの声を聞いている上、盛り上がり続けている状況になっている。
「お前は相当面の皮が厚いな。ここまでの状況下で笑っていられるその態度だけは褒めてやるぜ?」
「それはどうもありがとうございます。この程度は私にとって何の煽りにもなっていませんし、逆にこの状況であなたを叩き潰せる事を考えると、自然と笑顔になってしまうのですよ」
自分自身に補助術による強化を施しているレグザは、試合開始の合図を今か今かと待っている。
対して、煽る様な言葉を吐きつつも言葉通りにこの状況下でも太々しい態度を崩さないレグザを慎重に観察しているイリス。
レグザが公爵家の力を使って練度を上げたのと同様に、イリスも侯爵家や仲の良い王族、即ち国家の力を使って練度を上げているので油断する事は無い。
「さぁ~始まりますよ!いよいよ二人目、レグザをボコボコにする時がやってきた~!試合、開始!」
アナウンスから試合開始の言葉が出た瞬間に、強化済みの隠密術を行使して自らの存在を関知させないようにするレグザ。
『フフフ、これで攻撃系統を持っているあの女では、私を見つける事はできませんね。これほどの対応を私達にしたのですから、思い知って頂きましょうか』
内心こう思いながらも、急いでイリスの元に向かった場合に大気の流れで気配を察知される可能性があるので、慎重に移動するレグザ。
「おっと、レグザが見えなくなったぞ!陰湿野郎らしくコソコソしているようだ。不敬ながらも少しだけイリス様が心配だ!」
アナウンスからも、自分の姿が認識されていないと確信したレグザは慎重に歩を進める。
通常隠密術に対抗するには、補助系統や防御系統の力に分類される探索術が必要になるので、攻撃系統を持つイリスであれば他の方法で気配を掴む必要がある。
例えばレグザが思っていたように空気の動きもあるし、達人の域に達していれば殺気を感じる者もいるだろう。
少し手を伸ばせばイリスに触れられる位置に到達したレグザだが、当然正面ではなく背後から近づいており、手始めに自らの腰に差している棒で撲打して相当な痛みを与えてやろうとフルスイングする。
―――ブン―――
「おーっと、イリス様が突然移動したぞ!コソコソしているクズ野郎が攻撃でもしたのか?だが、イリス様には一切のダメージが無いようで安心だ!」
内心舌打ちしているレグザ。
功を焦って勢いよく振りぬいた為にイリスに当たる前の音に反応されたようで、かなり余裕をもって躱されてしまったのだが、一度の攻撃を避けた程度では何も問題ないと、反撃される前に移動して再び近接を試みる。
「あ~、あれだけ自信満々だったから楽しめるのかと思いきや、この程度か。レグザと言ったな?お前の右腕をへし折ってやる。攻撃個所を伝えるのはハンデだ。せいぜい防いでみやがれ!」
「流石はイリス様!クソ野郎の右腕破壊宣言だ~!これは期待できるぞ!」
イリスの強気の発言を聞いても、そもそも視線が自分を捉えている位置ではないのでレグザに焦りはなく、そのまま再び背後に回るような位置に慎重に移動する。
『冷静に考えれば、今の私の力であれば振りかぶらずとも相当な力を出せる。流石に体にぶつかる直前に音が出ても避けようがないでしょう』
勝利を確信して慎重に進み、間もなく攻撃範囲に到達する瞬間、突然イリスが体の向きを変えて自分と正対したのだ。




