(89)戦闘祭り(3)
「わりーが、躾のなってねー奴に手加減はしねーぞ。お前も誓約書にサインしたはずだからな!」
その一言の直後にレベル7の身体強化による力で一気に肉薄して、宣言通りに手加減無しで避け辛い体の中心部分、丁度鳩尾の辺りを突き刺しに来るビルマス。
「なるほど……人様に攻撃する技術だけは一応ご立派に持っていると言う事だな。流石は腐れ公爵家の跡取りだ」
何故か全力攻撃の最中に対戦相手であるイリスの少々長い独り言が全て聞こえてきたビルマスだが、今を持ってなお自分の剣はイリスの鳩尾に向かっているのでそのまま突進する。
……ドン……
刃の部分は全てイリスの体内に入った状態……柄がイリスの体に接している状態で停止する。
誰もが予想していなかったまさかの事態に会場は静寂に包まれ、やがて悲鳴が溢れる。
「ま、まさか!イリス様!!」
「そんな馬鹿な!!」
しかし、ビルマスの表情は硬くイリスは少々呆れ顔である事に気が付き始めた観衆はざわつく。
「はい、お待たせしました。実況致しましょう!未だ動けない嫡男ビルマスですが、それもそのはず!あの柄の先にあるはずの刃は既にイリス様が破壊済みなのです。観衆の皆様、ご安心ください!!これからが面白くなるところですよ!その証拠に、イリス様の背後にビルマスが持っていた剣の最も重要な部分が転がっております!」
実況が説明した通りに、イリスの背後には暗器で素早く根本から破壊された刃の部分が打ち捨てられており、ビルマスとしては明らかに手ごたえが無く、更には剣の重さが一気に軽くなった事から状況は理解できていたのだが、闇雲に動いては隙を作る事になるので動けずにいたのだ。
「う……うぉ~~~~~~~イリス様!」
「イリス様!イリス様!」
イリスコールに包まれる会場の中でイリスはゆっくりと右手を上げると……その瞬間ビルマスは大きく距離を取るのだが、やはり実況の言った通りに右手に持っている剣は柄しか存在しておらず、当然イリスの腹部には傷一つない。
「チッ、何をしやがった!」
「ほ~、あの程度の攻撃も見えないなんざ、期待外れも良いところじゃねーか!ま、次は武器ではなくお前の体に当ててやるから、嫌でも理解できるだろ?」
軽く肩を回して、今度は手の中にある丸い球をポンポンと掌ではじいて見せる。
「それがお前の武器か!種が分かれば俺の敵じゃねーんだよ……え?」
その言葉の瞬間に膝から崩れるビルマスは、直後に襲い来る痛みに無様にも騒ぎ始める。
「い、痛てー!!テメー、何しやがった!この俺様、公爵家の嫡男であるビルマス様に!!い、痛い!早く回復しろ!」
戦闘祭りと言う名の公爵家嫡男三人の躾祭りなので、情けなく喚き散らしているビルマスを見て観衆は大笑いの者、更に煽る者に溢れ、誰一人として同情する者はいない。
「あれだけ偉そうにしやがって、さっさと立ち上がれや!」
「ギャハハハハ、ダサすぎだ!口だけ立派だが、瞬殺じゃねーか!今だに戦闘中なのに、偉そうに傷を治せだとよ!」
「これは、次の補助系統はもっと瞬殺だろうな。あのクズが言った通り、レベルが違う戦いが見られそうだ!」
この戦闘を確認しているレグザとヒムロは怯える訳ではなく、レグザに至っては自分にイリスの躾の番が回ってきたと喜んでいるほどだった。
補助系統とは、隠密術、補助術、探索術等を使える系統であり、諜報、暗殺、そしてサポートを得意とすると言われているので、攻撃系統に比べて戦闘力は低いと考えられている。
しかしレグザは、補助術を上限レベルのレベル7まで引き上げる事に成功しており、実はこの術を自分自身に行使する事が出来ている。
つまり自分を強化できるので、レベル7で行われる隠密術もレベル以上に力が上昇した形で行使できるのだ。
攻撃魔法を使う事は出来ないが、系統能力を持った時に得られる身体強化も補助術で強化できるので、魔法無しではあるが直接攻撃をする事もできる存在になっている。
公爵家の有り余る力で練度を上げた成果だが、結果的に攻撃系統レベル7のビルマスと直接対決をした場合、余程良い武器を持たれているか、能力底上げの魔道具を持たれていない限りレグザの勝利は揺るがない程の力を持っていた。
不敵に笑っているレグザだが、闘技場では未だに戦闘と言う名の一方的な攻撃が続いている。
……ヒュンヒュン……
細い強化済みの糸の先端に付けられている、見た目以上に重い小さな玉をこれ見よがしに回しているイリスは、時折その勢いのまま倒れているビルマスの四肢に向かって正確に叩きつけている。
「ギャー!痛い!痛い!!わかった、負けだ。俺の負けを認める!もうやめろ!やめてくれ!」
ダンジョンで極限状態に置かれた経験のあるイリスは、その原因である目の前の男を許すつもりは一切なく、観客も敬愛する王女や侯爵家の令嬢達が受けた仕打ちを知っているので誰からも試合を中止するような言葉や希望は出てこなかった。
そして出来上がったのが、かろうじて息のあるモノ言わぬ塊だ。




