(82)貴族と王族(1)
ヨルダン帝国で最高位の貴族である公爵。
その中で筆頭公爵として長きに渡って権力を握っているのがダイマール公爵家であり、その下にスラノイド公爵、ホワイト公爵が同列で続いている。
それぞれの嫡男は、ヒムロ、レグザ、ビルマスと言う出来損ない三拍子……だ。
まぁ、親も親なら子も子であり悪さをするところは同じだが、長年の経験からかその後の隠蔽を最も得意としている質の悪い存在だ。
今回の留学生三人の始末については、ダンジョン深層への強制転送という事で確実に死亡する事を前提に息子達も冒険者達に同行させている。
結果的に、この件に関しては三人の生存が確認された時点で得意の隠蔽は行えない。
それにもかかわらず強行したのは、本当に奇跡が起こって三人の誰かが生存していたとしても、それぞれの口頭での証言だけが証拠となり得るために物証がないので、疑わしきは罰せずとなる事を知っていたからだ。
皇帝シノバルと、ある程度蜜月関係を構築できている強みもあった。
アズロン男爵夫人のフローラを手に入れる為に鬱陶しいアズロン男爵を、そして何故か異常な力を持っている平民ジニアスを排除し、筆頭公爵としての地位を盤石にすると言う確固たる意志で凶行に及んだのだが……その作戦が大失敗している事には未だ気が付かない。
……少し時間は戻ってアズロン男爵家……
アズロン男爵は領地の復興に力を注いでいる所、突然隣接している国家であるシラバス王国の国王ジェイドから直々の書簡を貰って焦っていた。
「大丈夫ですよ、アズロンさん。ジェイド国王は俺達の顔見知りですから」
こう言って傍にいてくれるヒューレットがいなければ相当テンパっていただろう事は間違いないのだが、内容を読み進めるとヒューレットも焦ってしまう。
当初ヨルダン帝国に交流の書簡を持って行ったのがヒューレット一行だったのだが、その交流に向かった王女を始めとして共に行動している侯爵令嬢もダンジョン内部で行方不明と連絡があったからだ。
即座に眷属の一体を飛ばして、ヨルダン帝国にいるジニアスに連絡を取ったヒューレット。
待つ事少々、最高速の眷属を使っただけあってジニアスが直接救助しに行くとの回答を得ると、国王の使者に対して事情を説明して救出に向かう近衛騎士の派遣を停止するように進言した。
恐らく時間的に厳しい行軍になるはずであり、余計な侵入者の追加によるダンジョンの想定外の変化によって、ジニアスの侵攻に悪影響を与えかねないと思ったヒューレットパーティーの総意で行われた進言だ。
最強パーティーであるヒューレット一行と懇意にしているジェイド国王だが、流石に自分の娘が行方不明とあっては騎士の派遣中止に消極的だったのだが、ヒューレットから自分よりもはるかに強い人材が救出に向かっているときっぱり言われては、引くしかなかった。
ジェイド国王としてはヒューレット一行が最強パーティーと認識していたのだが、そのリーダーがあっさりと自分達よりも強いと言い切り、メンバーも迷う事なく肯定している以上、いくら近衛騎士とは言え今から派遣しても、その人材以上の働きをする事は出来ないと苦渋の決断をした。
その数日後、ヒューレットが再びヨルダン帝国に飛ばしていた眷属から連絡があり、三人共に無事に救出したと言う連絡を受けて全員が安堵したのは言うまでもない。
こう言った事情で、ヨルダン帝国の皇帝や三公爵の知らない内にアズロン男爵とシラバス王国の国王ジェイドは互いを認知し、急速に仲を深めていったので、何故か今アズロン男爵の領地にある邸宅にジェイドが訪問していたりする。
もちろんここまで急速に仲が深まったのは、間に互いに信頼できるヒューレットパーティーがいた事が大きな要因だ。
「良し。余自らがヨルダン帝国の帝都に娘達を迎えに行くとしよう。どうだ、アズロン殿。貴殿も同行しないか?なーに、領地の復旧であれば任せておけ。隣同士、仲良くしようではないか。お前もそう思うだろう?ヒューレット」
「ハハハ、まぁ、そうですね。仲良くするのは良いと思いますよ」
国家間の争いごとには首を突っ込みたくないヒューレットは、何となく曖昧な返事をするが、ジェイド国王としては深い意味があって言ったわけではない。
「ではお言葉に甘えますよ、ジェイド国王」
すっかり打ち解けた二人は、ヒューレット一行を伴って一部の近衛騎士と共にヨルダン帝国の帝都に戻る事になった。
ヒューレットが再び眷属をジニアス宛てに飛ばし、ジェイド国王と共に戻るので暫く三人の留学生をアズロン男爵邸で保護する依頼も伝えている。
最高戦力パーティーと近衛騎士がいる以上、少数の集団であっても襲い掛かるような無謀な人、魔獣はおらず、悠々と数日かけてヨルダン帝国のアズロン男爵邸に到着する。
それまでの間ジニアスとスミナは学園を休んで留学生三人と邸宅内でゆったりと過ごしていたのだが、ヒムロを始めとする公爵家嫡男の三人や担任であるロンドルは、恐らく行方不明になっていると認識されているソフィア達三人を助けに行っているのだろうと想像していた。
そんな中で、本来であればシラバス国王が入国した際に皇帝シノバルに連絡が行き即謁見になる程の重要人物なのだが、敢えてアズロン男爵の来客と言う体で入国したシラバス。
「お父様!」
「おぉ、ソフィア無事だったか!連絡は受けていたが、やはりこの目で見るまでは心配だったぞ!」
大丈夫だとは聞かされていても心配だったジェイドは、優しく娘であるソフィアを抱きしめる。




