(80)飛ばされた三人(2)
今自分達がおかれている状況を冷静に考えると絶望的だが、僅かな可能性に賭けて無駄な体力を使わないようにと早速休憩をしている三人の留学生。
誰もが正しく状況を理解しており、最悪はイチかバチかで自分があの収納袋を取りに行って仲間の元に投げる他ないと、夫々が心に誓いつつ手持ちの水を本当に少しずつ消費している。
ダンジョン内部では階層によっては疑似的な太陽がある階層もあるのだが、この階層ではそのような物はなく、常に薄暗い為に時間の経過もわからない。
口数も少なくなっている三人だが、希望の光だけは消えていない。
「時間よ。次はイリス」
「わかったぜ」
体感である程度時間が経過した時に見張りを交代するのだが、本当に短い会話と言うよりも連絡だけを告げて交代する。
既にすり減っている精神状態の彼女達の唯一の希望は、目の前の膜の様な物が衰えている気配が一切ない事だ。
実はこの膜、転送の魔方陣によってこの場所に送られたこの場所で常に生成されている物であり、内部からは触れるだけで破壊されてしまうのだが、外部からは非常に強固な防御膜となっており、ソフィア達が危惧していた通りに一度破壊されると、内部にいる全員が外に出ない限り膜は再生成されない。
つまり転送直後から膜に一切触らなければ、半永久的に外敵から身を守る事ができる状況にはなっている。
もう少し時間が経過すると、残念ながら体力的に全員で休む事を決意しなくてはならないと思いつつも今の所は必死で見張りを行っているが、何かあった場合、特に目の前の膜について真実を知らない三人としては、膜が破壊された時には魔獣達に対しては何もできる事は無いと覚悟はしている。
交代で行っているこの行為は見張りと言うよりも、むしろどこからか救助が来た時に見過ごされ、気が付いてもらえないと言う大失態が無いようにしている部分が大きい。
極限の精神状態で過ごしているので、彼女達にとっては数週間以上の時間が経過した気分になっている中で……
……ドン……ドンドン……
そろそろ自分が犠牲になってあの収納袋を取りに行くべき時だと全員が勝手に思い始めている頃、聞き慣れない音が断続的に聞こえ始めている事に気が付いた。
「空耳かしら?」
幻聴かと思っていたので弱弱しくソフィアが呟くも、同じ音が他の二人にも聞こえているようで全員が不思議そうにしている。
三人だけではなくこの場所から見える魔獣達にも聞こえているようで、音のする方向……上層階に向かって視線を向けている時間が長くなっているのだ。
「これは……もしやお父様が救助に来てくださっているのではないかしら?」
「そうよ!そうに違いない!」
「そうだぜ。もう少しの我慢だ!」
一気に気力は復活するも、体力が回復する事は無い。
それでも、どちらが上層階に繋がる方向かすら分からないまま、救助に来てくれている人を見逃さないように膜の内側から必死で周囲を見回している三人。
『ジニアス様!』
「気が付いたか!まだ無事の様だ。急ぐぞ、ブレイド!!」
既に何階層に到達したかは不明だが相当深くまで潜っている二人は、漸く弱ってはいるが三人の無事な気配を感じ取る事が出来た。
相当深くまで潜っている為かレベル10の力でも中々気配を察知できなくなっているようで、漸く三階層先にいる存在を関知できていた。
当然周囲の魔獣達の力もレベル8から9ばかりで構成されているので、いくら二人でも少々進み辛い。
「くそっ、早く進みたいのに……」
『ジニアス様。可能であれば数体一時的に眷属にされては如何でしょうか?』
目の前の魔獣を軽々と一気に焼き払いながら平然と告げてくるブレイドだが、それでも次から次へと襲い掛かって来るので、進行速度は遅くなる。
『自分は操作系統を持っておりませんので、疑似的な術ではレベル9は配下に置けません。ジニアス様であれば問題ないのではないでしょうか?』
ここまで言われて漸くその通りだと納得したジニアスは、初めて操作系統の術を行う事にした。
従属魔法を使用して、目の前のレベル9の数体を強制的に眷属にする。
もちろん屈服させる必要があるので、軽く痛めつけた後に回復している。
「よし、お前ら鬱陶しい奴らを駆逐しろ!」
「「「グギャ」」」
三体程眷属にした上で、その対象に補助術で強化する。
こうなるとジニアス側の手数が一気に増えて、目に見えて進行速度が上昇する。
唯一の欠点と言えば、容赦のない攻撃によって周囲が荒れ果て、轟音と振動が絶え間なく続く事だろうか。




