(79)飛ばされた三人(1)
「あのクズ共が!」
かなりの小声ながらも怒り狂っているのは、侯爵令嬢の一人で攻撃系統レベル8の力を持っているイリス。
「一瞬でも、頼りになると思った自分が嫌になる」
同じく苦虫をかみつぶしているのは、侯爵令嬢で回復系統レベル8の力を持つラビリア。
「ですが、この状況……まずいですわね。あの時に魔道具を使用していたら、私だけがこのような状況に置かれたわけですか」
現実を見て少々気後れしているのが、シラバス王国の王女で操作系統レベル8の力を持つソフィア。
彼女達の目の前には見た事もないような魔獣が周囲をうろついており、既にラビリアの鑑定でレベル8と9の魔獣であると判明している。
恐らく隠す気もないのでレベル差があっても鑑定できているのだが、そうなると操作系統を持っていたとしても上位のレベルを眷属にする事は出来ないので、ソフィアとしても打つ手がない。
他の二人も、自分達と同等以上のレベルの魔獣が多数いるこの場所から無事で出られるとは思ってはいなかった。
彼女達の視線の少々先にはどれ程前から放置されているのか分からない程になっている白骨の死体に、豪華な装備を施した……最早物体と言って良いものが横たわっている。
恐らくダイマール公爵も知っている、かなり前に転送の魔法陣に乗ったレベル9の冒険者なのだろう。
奇しくもこの冒険者だった者と同じ場所に転移してきたこの四人だが、他国の出身故に目の前の物言わぬ冒険者の存在がどのような者なのかは分からなかったので更なる絶望を感じる事は無かったのだが、レベル9の人物が転送先から数歩の場所で息絶えていたと理解できていたら、今よりも遥かに動揺していただろう。
「でも、向こうがこちらに入ってこられない事だけは助かったわね」
「そうですね。ですが……逆送はできませんか。この魔法陣は片側通行。あの場所で無念の死を遂げた冒険者の方も、それを分かって敢えて突撃したのでしょうね」
「……だが、何時までもここが安全かは分からねーし、水・食料もない。どうする?」
明らかに結界の様な膜が見えており、その膜の中に目の前の魔獣達は侵入してこないのだが、この膜が何時まで続くか分からない上に突然課外授業で放り込まれたダンジョンである為に、少量の水しか持っていない三人。
「あの収納袋が手に入れば、恐らく多量の水やら食料があるんだがな」
イリスが忌々しそうに見るのは、膜の外10歩程行ったところに倒れている元冒険者の腰についている魔道具の収納袋であり、この際時間経過は無視しても良いと思っていた。
「私がしっかりと収納魔法で準備しておけば……」
ソフィアは、突然の課外授業に浮かれた結果の準備不足を悔んでいる。
目の前の収納袋の方は手繰り寄せようにも棒のような物はなく、万が一に膜の外に何かを出してしまってこの膜が破壊されればそれで終わりになるのかもしれないため、例え目の前にあったとしても迂闊には動けない。
「今の所は手詰まりですね。ここまでするとは……あの冒険者達、いいえ、同行していたヒムロ達も事情を知っているようですし、そう考えると、私のあの一言がきっかけかもしれませんわ」
しょぼんとするソフィア。
自分がヒムロ達のジニアスに対する凶行についてあの場で問い詰めてチャリト学園をこき下ろした結果、最終的には今回の留学を手配していたダイマール公爵を追い詰めて……と正解に辿り着いていた。
「何を言っているのよ、ソフィア?ハッキリ言ってあの場で私も同じ事を言おうとしていたので、全然問題ないよ!」
「そうだぜ。それに、まだここでくたばると決まったわけじゃねーよ。アタシ達は絶対に生き残れる!」
「皆さん!」
ヒムロ達とは違い結束が固い三人は、一先ず魔獣達からは最も距離が取れる位置に集まり、交代で休憩を取る事にした。
彼女達の希望は、既にここに飛ばされてどの程度時間が経っているかは不明だが、ダンジョン侵入の課外授業の翌日には祖国に帰る予定になっていた事だ。
その出立が遅れる事を把握した父である国王や侯爵達が異常を察知して助けに来てくれる事を期待しているのだが、祖国からここまでは急いでも馬で一週間を切る位だ。
そこからダンジョンに侵入して、間違いなく相当深層になっていると容易に想像できるこの場所まで到着する必要がある。
それもレベル8と9の魔獣が闊歩しているこの階層まで……
この程度は三人ともに瞬時に理解できる経験・頭脳を持ち合わせているのだが、今は後ろ向きの発言をする時ではないと誰一人として絶望的な話をしなかった。
現実的には非常に厳しい状況であると認識しつつも、現在救出に向かっているジニアスと同様、希望を捨てずにいた事で良い結果を生み出す事になる。




