(78)留学生とダンジョン(3)
真夜中にヒューレットの眷属から受け取った手紙を、別の部屋で休んでいたスミナに渡すジニアス。
その手紙の内容は、アズロン男爵領地と隣接している隣国のシラバス王国の留学生、王女や侯爵令嬢がチャリト学園の課外授業中にダンジョンで行方不明になり、救出隊として近衛騎士がアズロン男爵領地を突っ切る事への許可申請が来たと言うものだった。
いくら練度が高い近衛騎士で男爵領を無条件で突っ切るとしても数日は必要になるので、手紙の内容から推測できる状況を考えると、どう見てもあの三人の命はその間に尽きているだろう。
「ジニアス君、これって」
「あぁ、今日、いやもう昨日か?あのダンジョンで間違いないだろうな」
漸く事の重大さに気が付いたスミナだが、能力を持たない自分ではダンジョンで何かをできる訳もない事位は嫌でもわかっている。
「ジニアス君、ソフィアさん達を助けてあげて!」
「もちろんだ。彼女達は俺の境遇に対して本気で怒ってくれていた。そんな彼女達を見殺しにするなんてできない。ブレイド!ネル!」
がっしりした体躯のブレイドと、美しい女性の姿のネルが現れて跪く。
「ブレイドは俺と一緒に来てくれ。ネルは何があるか分からないから、ここの護衛を頼む」
『『承知しました』』
スミナには二人の声を聞く事は出来ないが、聞くまでもなく了承の意を示している事位は分かる。
「スミナ、行ってくる。安心して待っていてくれ。それとヒューレットさんにこちらで動く事を伝えておいてくれ」
「うん。気を付けてね。ブレイドさんもお願いします」
その声を背中に聞きつつ、ジニアスはブレイドと共に全速力でダンジョンに向かって行き、程なくして到着すると迷う事なく一気に侵入する。
二人の力が有れば、例え深層と言われている未攻略・未侵入の場所でも行動する事は可能だろうが、今回の肝は既に数時間経過してしまっているこの状況下であの三人が生きているかどうか……なのだ。
「ブレイド、何か気配……掴めるか?」
『今の所は、三人の何れの気配も残念ながら……』
焦る気持ちを抑え込みつつ、周囲を慎重に調べながら潜っていくジニアスとブレイド。
万が一手遅れであった場合は残念ながら気配は察知できないが、生きている事を前提に、力に物を言わせて階層中の気配を二人で個別に察知し、漏れが無いかを確認した上で最短距離を進んで次の階層に進んでいる。
本当に最悪の事態であったとしても、命が尽きて間もない状況であればネルから渡されている例のポーションで蘇生する事も可能なので、諦める事なく必死で進み続ける。
状況から極限まで弱っている気配すら察知する必要がある、いや、むしろそちらの方が重要であると考えているので、万全を期すためにエリアを分けずに全体を二人で調べながら移動している。
その状況でも驚異的な速度で階層を進み、一日経過した段階で既に15階層まで到達している二人。
ここは既に人族未踏の地であり、ここまでくると周囲の魔獣は気配遮断や結界術、レベルの高い魔術で攻撃してくるために気配察知に集中できない場合が出て来る。
「ここまで強力な魔獣がいるのか……これは」
レベル10の自分がこの状況になっている以上、ヒューレットの手紙に書かれていたレベル8の単一系統能力持ちと言う実力から判断すると……正直生存は厳しいかもしれないと弱気になってしまうジニアスだが、進む足を止める事は無い。
ブレイドも主たるジニアスの命令を遂行せんと手加減なく力を行使しているのだが、一つ疑問が生じていた。
『ジニアス様。あの三人、いくら他の者達が同行した可能性があるとは言え、自らの力でここまで来られるとはとても思えません。ひょっとしたら上層階で見逃しがあったのでしょうか?』
当然の疑問だが、ジニアスはスミナに言われていた事がある。
迷った時には初めに決めた意志を貫け……と。
「そうかもしれないが、俺とブレイド二人で気配を調べている以上漏れはないと考えるべきだ。中途半端に戻るより、早く潜るぞ!」
『はっ!』
常人では考えられない程の力で魔獣を駆逐しながら進む二人だが、やはり進行速度は遅くなり、焦りから動きが荒く更に進行速度が遅くなり始めていた。
「くそっ、一刻も早く見つけたいのに!」
ジニアスは焦るが、文句を言っても現状が変わる訳ではないながらも、中途半端に後戻りせずに初志貫徹した事で良い結果が得られる事になる。




