(6)ジニアスの現実(2)
痣から出てくる二体の内の一体は戦闘民族のような立派な体躯の男性で、もう一体は美しい蝶のような羽を持つ女性であり、一言で言うと一体は美男子、一体は絶世の美女なのだ。
しかし言葉は話せない……いや、話しているのだろうが俺には理解する事ができないので、詳細な意思疎通ができないのは残念だ。
「俺が困るんだよ。もう、何回同じやり取りを……いや、ゴメン。俺が悪かった。だから立ち上がって普通に行動してくれ!」
俺が跪く事に対してぼやいている途中、二体は突然しょんぼりと首を垂れてしまったので慌てて言い直す。
俺が怒っていない事が伝わったのか、嬉しそうに立ち上がる二体。
一体は尻尾が激しく動いているし、もう一体は羽がピコピコ揺れている。
長い付き合いの俺は、この二体が嬉しい時にこのような行動を取る事を理解しているので、機嫌は直ったと判断した。
と言うよりも二体ともニコニコしているので、嫌でも機嫌が良い事はわかる。
「じゃあ、ちょっと待っていてくれよ」
掃除しようと席から移動し始めた時に、蝶の羽を持つ美しいと言う表現では収まらない程の美貌を持つ一体が俺を止める。
またか……と思ったが、こいつらには敵うわけがないので黙って動きを止める俺。
その隙に、もう一体が何かの魔法を行使して一瞬で掃除を終えるのだ。
「……いつも悪いな。じゃあ帰ろうか?」
これも残念ながら、周囲に人がいない場合のいつものルーチン。
ここにスミナがいるとこの二体は出てこないので、けっこう掃除に時間が掛かってしまう。
二体は嬉しそうに頷くと、再び俺の手の痣に戻っていく。
翌日の朝のホームルーム。
「ヒムロ君、レグザ君、素晴らしく綺麗に掃除ができていますね。これだけ綺麗だと落ち着いて授業ができます。結構時間が掛かったのではないですか?細かい所まで本当に奇麗になっています。お疲れ様です」
「フフフ、当然ですよ、先生。皆の為に働くのは当たり前の事です」
「貴族としても当然の行動ですけどね。下の者達の為に行動する。この辺りを学んでくるように父上に言われていますから」
こいつら、いけしゃあしゃあと訳の分からない事を言いやがって。
おかげで朝っぱらから痣に意識が向いて疲れるだろーが。
こいつらが俺に掃除を押し付けていた事をこのクラスのほぼ全員が知っているが、誰一人として事実を伝えようとはしない。
いや、待て!待て待てスミナ!!
お前、何立ち上がろうとしていやがりやがるんですか!勘弁してくれ!!
「先生の仰る通りですね。お二人共、ありがとうございます」
何とか意識を痣から少しだけ外してスミナよりも早く立ち上がり、大声で先生やふざけた二人の言っている事を肯定して見せた。
実質的な被害を受けている俺が文句を言わず、あまつさえあの二人の言う事を肯定して見せたのだから、流石にスミナは浮かし始めていた腰を下ろした。
ふぃ~、本当にこいつらは朝っぱらから疲れさせやがって。
と、勝手に思っている俺だけど周囲に理解してもらえるわけも無いので、授業は淡々と進んでいく。
当然前日に言われていた武術の授業の準備は完了している……と言うより、二体が勝手にやってくれていた。
そんな変わらぬ日々を過ごしていたのだが、飽きもせず毎日毎日俺にしょっちゅう絡んで来る三人、ヒムロ、レグザ、ビルマスは、その爵位から他の貴族と比べても学園内での扱いは全く異なっている。
つまり少しでも良い卵を与えるように配慮されているのだ。
具体的には、卒業年度でないにもかかわらず高レベルを与えてくれる卵が出れば、優先的に渡される事になっており、間違いなく公爵家の援助の上で卵が探されているだろう。
学園側もかなりの寄付を受けている公爵家を無下にはできないのだ。
今までの経験から青色の卵となると年に一度出るか出ないかと言うレア具合になるらしいので、青が出た時点でこの三人に優先的に分配される事になっている。
今年が卒業年度の学生については二の次。
これがあいつらにテストの結果が関係なくなる所謂“例外”で、公平を謳っている学園の現実と言える。
本来あいつ等レベルの力が有る家であればお抱え冒険者なりそれなりの部隊なりを持っているはずで、その連中が卵をとってくれば相当良い卵を得る事が出来るはずだが、恐らくその面々でも間違いなく得る事が出来る卵の色が青なのだろう。
その他に考えられる学園内での俺の扱いの要因と言えば、あの連中の態度からは想像できないが、公爵家の教育方針……とか、か?
いくら考えても俺にはわかる訳もないが、何れにしても学園内で立場を利用して良い卵を不条理に得る事だけは変わりないな。