(55)ダイマール公爵宅鄭にて(1)
「おぉ、待っていましたぞ、フローラ殿」
下心丸出しの笑顔でフローラを迎えるのは、ダイマール公爵現当主であるユルハン。
その横では、その息子のヒムロも同じような顔をしてスミナを迎えていた。
まさに親子と言わんばかりに表情も同じ、漂う雰囲気も同じだったのだ。
「スミナ、よく来てくれたな。で……お前は本当に来やがったのかよ、ジニアス。平民如きが別邸とは言え公爵家にのうのうと来るなんざ、本当に常識のない奴だ。恥ってもんがないのか?お前はさっさと帰っても良いんだぞ!いや、寧ろ帰れ!」
「ジニアス君が帰るなら、私達も帰ります!」
スミナの間髪入れない返しによって、言葉を飲みつつもジニアスをきつく睨むヒムロ。
対してダイマール公爵は余裕の表情だ。
その根源は、既に領地に出立しているのであろうアズロン男爵に向けた刺客である、レベル9の冒険者達の存在。
アズロン男爵領地に到着するには、帝都から馬車で一週間程度必要になる。
更には領内で人知れず暴れさせている暗部の対処に数日かかる事になるので、総合的に考えるとフローラを少なくとも二週間以上は確実に引き留める事が可能だと思っているダイマール公爵。
計画では、その最中に舞い込むアズロン男爵の訃報。
攻撃は行きか帰りかは冒険者達に一任しているのでいつになるかは分からないのだが、最終的にはなし崩し的にフローラを手に入れる事ができると疑っていなかった。
本来はヒューレット一行から警告紛いの扱いを受けていたので、暫くは彼らの行動を監視する予定であったダイマール公爵。
だが、アズロン男爵領地への暗部の派遣と、フローラを自宅に招き入れる事に意識の全てを注ぎ込んだために、その辺りは疎かになってしまったのだ。
結果、ヒューレット一行がアズロン男爵と同行していると言う情報は入ってこなかった。
情報漏洩を危惧していたヒューレット側が、城下町ではなくわざわざ道中の街道で落ち合う程の徹底ぶりだったのも功を奏した。
「ささっ、こんな所では何ですから、一先ずは入ってください。歓迎しますぞ、フローラ殿、スミナ嬢」
さりげなくジニアスだけは呼ばないダイマール公爵だが、その程度は何の牽制にもなっていない。
「そうですか。では行きましょうか?スミナ、ジニアス君」
こう言いつつ、フローラは自分に纏わりつこうとしているダイマール公爵からその身を守るように、片側にスミナ、逆側にジニアスを従える形でダイマール公爵邸に入っていく。
さっさと行ってしまうフローラ達を見るダイマール公爵には、今尚焦りはない。
ジニアスが来ると分かっている時点で対策を考えた結果、力での対策は一切思いつかなかったのだが、家の中での扱いについては思う所があったのだ。
「こちらでございます」
既に執事により、かなり豪華な食堂に案内されたフローラ一行。
アズロン男爵邸では見る事もできない料理が、これ見よがしに大量に机の上に並べられていた。
だが、その机に対して椅子は四つで徐にダイマール公爵とヒムロは席に着き、それも、何故か隣の席を開けた状態で席に着いていた。
そうなると、残りは二つ。深く考えずともわかるが、ジニアスの分が無いのだ。
このまま行けば、フローラとスミナの隣にはダイマール公爵とヒムロが来る事になる。
椅子の数を見た瞬間にその程度は把握しているフローラとスミナ。
もちろん二人共席に座るそぶりを見せない。
「どうしました?お二方。どうぞ席について召し上がってください」
何も不都合はないと言わんばかりに、ダイマール公爵は食事を勧めてくる。
「いいえ、結構です。これだけ立派なお料理ですから、私程度の口には相応しくありません。体調を崩す可能性がありますので、遠慮させて頂きます」
暗に毒が入っているのかもしれないから、一切食べるつもりはないと言い切るフローラ。
「ですが、これからずっと食べない訳には行かないでしょう?既にご存じとは思いますが、貴方の体調を把握するべく調査をするので数日は必要です。その間、外に出る事はできませんよ?」
皇帝にもこのように伝えており、全てを善意と受け取った皇帝はアズロン男爵にフローラの往訪を指示していた。
「まったく問題ありません。お気遣いなく。それで、今後私達はどのようにすれば良いのですか?」
暫くは黙っているように言われているジニアスは、これが貴族のやり取りか・・・・・・と感心しつつ状況を見守っている。
自分なら既にブチ切れて暴れているのは間違いないな、と思いつつ……だが。
「ふ~、わかりました。ですが、食事を抜く事によって体調が悪化する事になれば、帰宅が遅れる事は覚悟してくださいね。スミナ嬢についてはヒムロと共に学園に行き、再びこちらに戻って頂く事になります」
ここで力業を使えないと言うのが、何とももどかしく感じているジニアス。
逆に力業では対応することができないと確信しているダイマール公爵は、今までの経験を活かして次の手に進む事にした。
「では仕方がありません。先ずは最初の検査を致しましょうか。検査内容は我がダイマール公爵家の技術の粋を詰め込んでいる関係上、秘匿事項の為申し上げられません。では、こちらへどうぞ」
立ち上がったダイマール公爵に続くように動き始めるフローラと、その後に続くように移動し始めるスミナとジニアス。
「あぁ、これから先は大人の女性しか入れない場所です。スミナ嬢とそこの平民はここで大人しくしていてもらいましょうか」
ダイマール公爵は、姑息にも大人の女性のみ入室できると言う事にしてフローラだけを孤立させようとした。
「いいえ、私も向かいます。何故大人だけなのですか?おかしいではないですか?」
「わかっていませんな、スミナ嬢。我がダイマール公爵家の技術を詰め込んだ魔道具があるのですよ?大人向けへの安全は確保できておりますが、子供がその魔道具の影響を受けてしまうと、どうなるか保証できないのです。そうなると、アズロン男爵に顔向けできませんからな。私の責任感の表れと思って下さい」
「そう言う訳だ。スミナはここで俺と一緒にゆっくりしていれば良いんだよ。平民は、視界から消えるのがふさわしいがな」
ここまであからさまな行動をとられるとは思っていなかったフローラは何とかしようと考えるが、打破できる手駒がなさすぎる上に考える時間もない。
力業が使えない時点で詰んでしまったと思っていたところ、救いの声が聞こえる。
「じゃあ、大人の女性ならいいわけだ。出ろ、ネル!」
今まで黙っていたジニアスが、左手の痣から精霊族のネルを呼び出した。




