(42)再びダイマール公爵家(1)
「ユルハン様より伝言でございます。明日にはヒューレット様ご一行が到着されるとの事です」
「そうか、わかった。待ちわびたぞ」
ここはヒムロが住むダイマール公爵邸。
執事が世界最強と言われている冒険者パーティーであるレベル9を持つヒューレット一行の到着をヒムロに告げる。
「これで俺もレベル7の力と、新たに魔物の力を得る事ができる訳だ。もうすぐだな。見ていろよ、ジニアス!そして、スミナ!」
薄汚れた思考で未来の展望を思い浮かべるヒムロは、先ずはジニアスを痛めつけ、その後にスミナを強引に手に入れる事にした。
公爵家ともなればレベル9を持つ者と個別に接触する事は可能なのだが、そこまでのレベルに至る者は基本的に単独行動を好む。
当然従属魔法で配下にする相当レベルの高い魔獣を手に入れるにも、単独では周囲の手助け無く手に入れる必要があるので、ヒューレット達の様にパーティーを組んで行動している人物に頼む方がよりレベルの高い魔獣を手に入れられる可能性が高くなる。
一方、ダイマール公爵家当主であるユルハンは、何時まで経っても暗部のシャウランから日常の報告がない事に苛立っていた。
もう一歩、いや、もう半歩だけでフローラが手に入る所まで来ているのだ。
そして、ついでにスミナも……だ。
そのような状況である今、この一番大切な時に報告が来ないので、はやる気持ちを抑える事が出来ない。
「メラミン!」
「ここに」
私室でメラミンと呼ばれている者を呼ぶと、シャウランと同じく黒装束の人物が音もなく現れた。
もちろんこのメラミンと呼ばれている人物もシャウラン同様にダイマール公爵に仕える暗部の一員であり、レベル限界7上限いっぱいの補助系統の力を持っている。
「いつまで経っても例の作戦に向かったシャウランからの連絡がない。即刻調査の上報告しろ」
「承知しました」
メラミンと呼ばれている人物の向かう先は、当然アズロン男爵邸。
即アズロン男爵邸に移動して内部に侵入するメラミンの目に映ったものは、食堂で散乱している食器……宴会の後。
多少疑問に思いつつも、最も重要な情報であるフローラの状態を確認しに寝室に向かう。
そこには、何故か聞いていた情報とは全く異なりすっかり顔色が良くなっているフローラが、楽しそうにアズロン男爵と話をしていた。
それも、少々の酒を嗜みつつ。
あの毒を長期間にわたり摂取していれば最早動く事も出来ずに、まして酒などが飲めるわけもない。
しかし現実的にメラミンの目の前で楽しそうにアズロンと酒を飲みながら話をしているフローラがいるのだから、暗部としては事実をそのまま伝える以外の選択肢は存在しなかった。
急ぎダイマール公爵邸に戻り、ありのままを伝える。
「ユルハン様、ご報告いたします。フローラですが既に完全に回復しているようで、酒まで摂取しておりました。そしてシャウランの姿は確認する事が出来なかったと言う事実を考慮すると、作戦は瓦解したのではないでしょうか?」
「なに?いや、お前がそう言うのであれば事実なのであろうな。だが、どうやって?先日の報告では順調に事が進んでいたはずだ。そもそも、我がダイマール家の力を持ってしても、あの状態まで行ってしまったフローラの回復は数か月を見込んでいた。その間に手籠め……いや、なんでも無い。だが、数日のうちに状況が一変したと言う事か?」
ダイマール公爵のふざけた内容の発言にも微動だにせず、問いかけに対してのみ確実に対応するメラミン。
「状況から考えて、どのような手法を取ったかは分かりませんが、数日、場合によっては一日で劇的に改善できたとしか考えられません」
「……だろうな。よし、お前は引き続きアズロンの所に行って、何が起きたか調査して来い。通常と異なる動きがあったはずだ」
再びアズロン男爵邸に向かい、調査を行う暗部メラミン。
既に深夜と言っても良い時間帯ではあるが、使用人の一部は宴会の後と思わしき食堂を片付けていた。
その使用人達の会話から情報を得る事が出来たメラミン。
翌日の早朝まで情報収取を行っていたメラミンはダイマール公爵邸に戻り、当主であるユルハンの起床を待って即報告した。
暗部としては見聞きした事実をありのまま伝えるように訓練されているので、主であるダイマールがその言葉に対して何か疑いを持つ事は無い。




