(41)アズロン男爵邸(2)
ネルがトイレから出て行った状態なのだが、トイレの前でジニアスの事を待っているスミナはネルの存在に気が付く事は無かった。
「お待たせ!」
「ううん、大丈夫!」
なんだかトイレの前で待ち合わせと言う微妙な事になっているが、そんな気配は一切見せずに再び可愛い笑顔と共に左手に抱き着いているスミナ。
既に侵入者の対策も済んだジニアスとしては、具体的に何とは言わないがその感触に意識を向ける余裕ができていた。
鼻の下を伸ばしながら会場に戻ると、やはり微笑ましいものを見る目で見られる事はあったが嫌味や陰口を言われる事は一切無く、口々にポーションのお礼やフローラ夫人の快気について喜びの言葉を投げかけられていた。
そんな楽しい時間も終わりが来る。
壇上にはアズロン男爵とフローラ夫人、そして娘のスミナがいるのだが、何故か対面の一番前にはジニアスが強制的に移動させられている。
ブレイドは少し遠くから、ジニアスに危険が無いか常に気を配っている。
そんな中、アズロン男爵が全員の前で話し始めた。
「皆、今まで本当に心配をかけて申し訳なかった。だがご覧の通り、フローラは無事に回復する事が出来ている。それは、ここにいるスミナの想いび……グホッ……」
何かを言いかけていたアズロン男爵の横にいるスミナが、さりげなく父であるアズロンに肘を食らわせたので、言葉に詰まったアズロン男爵。
苦笑いをしつつ、気を取り直して再び話を始めた。
「コホン、えっと、ここにいるスミナの学園での友人であるジニアス君の多大なる助力によって、フローラは完治する事が出来た。これからは、また以前のように気兼ねなく過ごしてほしい」
アズロン男爵の挨拶が終わると、少し後ろにいたフローラ夫人が半歩前に出る。
「皆さん、そしてジニアスさん。本当にありがとうございました。再びこのような生活ができるとは思ってもいませんでした。感謝しかありません」
最後にスミナだ。
「皆さん、お母様のために本当に今までいろいろ助力頂いてありがとございました。最終的にはジニアス君のポーションで治りましたが、皆さんの助力が無ければ今と言う時は来なかったと思っています。本当にありがとうございます!そして、これからもよろしくお願いします!」
壇上の三人が、再びジニアスがいる方向に向かって深々と頭を下げた。
使用人に頭を下げる貴族は中々いない。
そもそも上位の立場の者に対してのみ渋々頭を下げる事はあれ、同列やそれ以下の人物に容易に頭を下げると、そこで明らかな序列関係が出来てしまうために貴族の行いとしては正しくないとされている。
しかし、アズロン男爵一家は全く異なった考えをしていた。
恩には恩を、と言う考えの基で領地経営をしていたのだ。
そのために、この場にいる使用人全てが男爵一族を敬愛し、フローラのためになる事を必死で各自が考えて行動していた結果、何とかジニアスのポーションが間に合い完治に至った。
仮にだが、ヒムロの所が同じ状況になったとしたら、誰も自発的には動く事は無かっただろう。
こうしてフローラの回復を祝う食事会が終了して、帰路につくジニアス。
既にアズロン男爵も酔っぱらっているので、侵入者については後日話す事にしていたのだ。
「は~、お土産を渡す時は凄く緊張したけど、終わってみれば全て良好!」
『ジニアス様、とても立派な対応でした』
余計な侵入者もしっかりとネルが捕まえているので、心配事はなにも無く自ずと機嫌も良くなっていた。




