(39)ポーション(5)
フローラは最後の言葉であると言う気持ちで伝えていた内容だが、アズロン男爵は安心させるようにこう告げる。
「大丈夫だ。何も心配はいらない。そもそもお前はこれを飲めば治るんだ。さっ、余計な事を気にせずに飲んでくれ!」
フローラはアズロン男爵が何とか自分を元気づけるためにこのような事を言っていると思っていたので、微笑みを浮かべてポーションをゆっくりと飲み始めた。
今までのポーションとは違って不思議な感覚に襲われているフローラだが、相当悪化してしまった自分の体のせいだと思い、そのままポーションを飲み干した。
「あら?」
その後息苦しさが全くなくなっている事に気が付いたフローラは、思わず疑問の声を上げてしまう。
「フローラ!」
「お母様!」
不思議そうな表情をしているフローラに、泣きながら抱き着いているアズロン男爵とスミナ。
両親は揃っていないが母からの愛情を常に感じているジニアスは、この一家も愛情あふれる家族なのだな……と思いながら、邪魔をせずにその場にブレイドと共に立っていた。
「ジニアス君、本当にありがとう。妻が、フローラが治る日をどれだけ夢見てきたか。日に日に悪化する妻を見て、何もできない自分が悔しくて……悲しくて……本当にありがとう!」
突然アズロンがジニアスに向き合い、深く、深く頭を下げたのだ。
スミナは未だフローラに抱き着いて、泣いている。
「いいえ、アズロン様。僕は何もしていません。アズロン様の想いが叶っただけだと思いますよ」
自分でも少々臭い事を言っている自覚はあるジニアスは、照れくさそうにしている。
「いや、君のおかげだ。本当にありがとう」
有無をも言わさずジニアスの手を両手で握り、再び頭を下げるアズロン男爵。
そこに未だ抱き着きながら泣いているスミナをくっつけたまま、フローラがジニアスの所、アズロン男爵の横に来た。
「あなたがジニアス君ですか?いつもスミナから話を聞いています。アズロンさんの話だと、あなたがあのポーションを準備してくれたようですね。本当にありがとうございました。まさか私が治るとは思ってもいませんでした。こうしてアズロンさん、そしてスミナとまた生活ができるのはあなたのおかげです」
そう言いつつ、フローラは優しく微笑みながらアズロン男爵と共に見惚れる様な所作で頭を下げてきた。
「ジニアス君~ありがと“う”~」
と同時に、スミナがジニアスに抱き着いてきたのだ。
貴族である両親の前で、その愛娘が平民の自分に抱き着いていると言う状況に焦りを覚えて何とかスミナを落ち着かせようとアタフタするジニアスだが、その思いとは裏腹にスミナがジニアスを抱きしめる力は一向に弱まる事が無かった。
何故かアズロン男爵とフローラは目の前のスミナの行動に何も言う事は無く、二人寄り添うようにして只々優しそうな微笑みを浮かべてジニアスとスミナを見ているだけだった。
どれ程の時間が経っただろうか、全員が落ち着きを取り戻す事が出来た。
何気に一番動揺していたのは、スミナに長時間抱き着かれていたジニアスだったりする。
以前スミナに腕を組まれて鼻の下を伸ばしていた経験はあるが、今の状況ではそんな邪な考えは一切出て来るわけもなく、何とかこの状況を穏便に打破しようと必死だったのだ。
もちろん、ブレイドと痣の中にいるネルにも相談した。
未だ力に慣れていないジニアスと違い、ネルの力を使えば強制的に落ち着かせる事は出来るはずなのだが、ブレイドもネルも只々謝るだけで何の対策も提示してくれる事は無かった。
この二人、実は主人であるジニアスに最大限の配慮をしていた結果だったりする。
「じゃあ、改めて乾杯!」
再び食堂に戻った四人とフローラの周囲には、使用人が全員揃っている。
フローラの快気祝いとして、急遽全員でお祝いをする事にしたのだ。
もちろんフローラは全快しており、当然着替えていると言う事は付け加えておこう。
何故かジニアスの横にはピッタリと寄り添いつつ左手に纏わりついているスミナがおり、ジニアスとしては周囲から何を言われるか戦々恐々としていたのだが、全員が優しい視線で見ているだけで何かが有る訳ではなかった。
どう言う訳か、明らかにブレイドや痣の中にいるネルの機嫌もすこぶる良いのを不思議に思いつつ、ジニアスは食事を再開する事にした。
「いや~、今日は本当に素晴らしい日だ」
「まったくですな、旦那様」
これ以上ない程上機嫌なアズロン男爵と使用人達。
当初使用人達は、フローラの快気祝いを行うと突然言われて面食らっていた。
彼らは常にフローラを気にしていたので、現状を正確に把握していた……つまり、フローラは正直そう長くは持たないと理解していたからだ。
それ故に、フローラが本当に元気な姿を使用人達の前に見せた時は、全員が号泣していた。
アズロン男爵としては最愛の妻が回復したので今までのようにポーションに多大な費用をかける必要が無くなった為、財政も上向く事を予想していた。
正に良い事だらけだったのだから、このような会が急遽執り行われるのも仕方がない。
使用人達としても慈愛溢れる敬愛するフローラが全快したのだから、少々羽目を外して喜んでしまうのは当然だ。
だが、その頃のジニアスは表情が少々曇っていた。
周囲はフローラの全快した姿に喜んでおり、ジニアスの表情には気が付かない。
横にいるスミナも、かなりジニアスに密着しているために表情を見る事が無かった。




