(36)ポーション(2)
ダイマール公爵は、アズロン男爵に対して完全に下心丸出しの要求をしてきた。
アズロン男爵は知らないが、フローラの体調悪化の原因はこのダイマール公爵側が毒を盛っている事が原因だ。
そして、以前からダイマール公爵は明らかにアズロン男爵家の状況を把握しているにもかかわらず、フローラのために備蓄しているポーションを根こそぎ強制的に買い取っていった過去もある。
そんな男の要求など受け入れられるわけがないので、立場がある以上表現は穏やかだが、当然完全に拒絶した。
その後は想像通りと言うのだろうか、領地の所々で不審な強盗や暴動、更には交易用の品々の盗難が多発し始めて、更に財務状況は悪化していた。
子供でも誰が犯人か特定できるほどの幼稚な行動ではあるが、何の証拠もない状態であり、立場が遥か上の公爵家には釘を刺せない状態のまま現在に至っている。
そのような状態で、唯一の明かりとも言える娘スミナの心の底からの笑顔。
フローラの体調悪化が改善しないために、スミナは表面上の笑顔は浮かべるが心から笑っている姿を久しく見せていなかった。
今日はその笑顔をもたらしてくれたジニアスと会う日になっており、アズロン男爵も楽しみにしていた。
今日くらいは、嫌な事を全て忘れて楽しもうと思っている。
「お父様、帰りました!ジニアス君も一緒です」
「ジ、ジニアスと申します。本日はお日柄も良く、その、ご招待いただきまして大変うれしく、感謝しておりますです。はい」
「ハハハハ、ジニアス君、私がスミナの父で男爵のアズロンだ。誰も取って食ったりはしないから、そこまで緊張しないで貰えるとありがたいのだが……難しいかな?」
貴族の当主、更には仲良くしており少なからず恋心を持っている女性の父親であるアズロン男爵に対して、緊張するなと言う方が無理である。
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
「フフフ、ジニアス君。いつも通りで良いのに」
横でスミナが優しく微笑んでおり、その笑顔を見たアズロン男爵は一瞬でジニアスを認めてしまった。
スミナはフローラと同じく、見た目も態度も、そして性格も良い女性だ。
大勢の異性から色々な要求、希望、時には脅迫すら舞い込んでくる程だが、そのせいか、異性に対する警戒心は非常に高い。
そのスミナが心の底からの笑顔を見せる相手なのだから、娘を信じているアズロン男爵はジニアスの事も即受け入れたのだ。
「ジニアス君、君の事は良く分かった。これからもスミナを頼むよ。さっ、立ち話もなんだから食事でもしようか」
突然自分の事を理解したと言われても、何が何だかわからないジニアス。
緊張からか、今の挨拶に関してもお世辞にも良い態度ではなかったのではないかと思い至り、少々落ち込んでしまう。
「ジニアス君、大丈夫よ。お父様は笑顔でいらっしゃったから、絶対ジニアス君の事を認めてくれたのよ!」
流石は父娘であり表情一つで真意を理解していたスミナだが、言われたジニアスはそれどころではない。
うわの空で返事をし、何とか挽回しなくてはと焦っていた。
ふわふわした状態のジニアスの手を取り、半ば引きずるように食堂に連れて行くスミナ。
「うわ~」
そこで目にした料理を前に、ジニアスは少々正気に戻る事が出来た。
同じ貴族がこの場にいれば貧相な食事とバカにされそうなものだが、平民のジニアスからすれば見た事もないようなご馳走だ。
こちらも心の底から喜んでいると明らかにわかる表情をしているので、アズロン男爵は嬉しそうにジニアスに着席を促す。
料理のおかげか多少の緊張がとれたジニアスは、スミナの必死のフォローもあってアズロン男爵と楽しい食事をする事が出来ていた。
そのおかげか周囲に目が行く余裕が出来ており、この場に母親がいない事に気が付くジニアス。
だが、万が一の地雷が待っているとまずいので意識を他の事に持って行く。
「とても美味しそうな料理です!見た事も無い程で、凄く嬉しいです。ありがとうございます!」




