(35)ポーション(1) 第三者視点
スミナの母親であるフローラの体調悪化だが、当然これには裏がある。
ヨルダン帝国の最上位貴族である公爵、その中でも筆頭公爵と自負しているダイマール公爵家の当主ユルハンによる人為的なものだ。
彼はその息子であり次期当主のヒムロに色々な力をつけさせるためチャリト学園に入学させたのだが、安全の為もあって情報収集を怠っていなかった。
そこから、ヒムロが気に入った女性であるスミナに度々アタックをしているようなのだが、軽くあしらわれていると言う情報を得ていた。
公爵家のメンツもある為にダイマール公爵は更に情報を集めた所、何と平民であるジニアスと言う男とスミナは仲が良いという事が判明したのだ。
実はこのダイマール公爵、社交界で注目の的になっているフローラの事を非常に気に入っていた。
立場があるので公衆の面前で強引な態度を取るわけには行かないが、それとなく誘ってもフローラはその誘いに一切乗ってこなかった。
結局、親と子がそれぞれ同じように無下にされている状況になっており、何かしらの罰を与えようと独善的に考えていたのだ。
男爵家と公爵家では財力や権力に関して比べるまでもない程大きな開きがあるので、その力を利用して、向こうから自分に助けを求める状況に追い込もうと画策した。
その見返りにフローラとスミナを手に入れると言う、下種の算段だ。
人知れずに暗部を使ってフローラに対して毒を徐々に摂取させており、この毒はアズロン男爵家のポーションを飲めば悪化の進行を少々抑える事が出来る程度……病状悪化を遅らせる状況を創り出した。
つまりアズロン男爵家が持っているポーションの性能に対して、病状が徐々に悪化するように調整した毒を使用すると言う程の用意周到さで悪行を続けているダイマール公爵。
その理由は、ポーションを長期間使用させれば財務状況が悪くなる事も計算済みであり、以前ヒムロがアズロン男爵家のポーションを強引に買い占めろと懇願してきたときに、二つ返事で了承したのもこのためだ。
フローラのために準備していた高品質のポーションの在庫が無くなれば、当然アズロン男爵家は新たに購入する。
通常の購入ではなく、ある程度の効果がある高品質のポーションを至急購入する場合には相当な金額が必要になる。
結果的にアズロン男爵家の財務状況は加速度的に悪化し、ダイマール公爵に頼って来る日が近いと考えていた。
なるべく早くこの手を使いたかったダイマール公爵だが、あからさまに行動すると貴族としての矜持を疑われるので耐えていた所、息子であるヒムロからの依頼だ。
ヒムロの少々バカげた行動は必ず公になっているので、その行動に乗る事によって自分の益になる行動ではなく、あくまで息子であるヒムロの為の行動だと第三者に認識させられると思い、二つ返事で了承した。
この行動が既に貴族の矜持を疑われているのだが、相手が公爵であるが故に誰も苦言を呈する事が無かった。
そんなダイマール公爵の思惑通りに、ある日突然ポーションを強引に市場よりも安値で買い占められてしまったアズロン男爵は、妻であるフローラに渡す予定のポーションすら徴収されて慌てていた。
それとなくスミナに持ち出したポーションの行方を聞いたが既に使用したと言われ、どうやってもポーションを手配できず、その日はフローラにポーションを飲ませる事が出来なかったのだ。
結果、一日でフローラの状況はかなり進んでしまった。
以前ダイマール公爵家で当主であるユルハンと、暗部であるシャウランが話していた例の件とはこの事だ。
その翌日に何とか数本のポーションを膨大な費用を使って手に入れたアズロン男爵は、徐々に悪化するフローラを見て人知れず涙した。
既に貯蓄は底が見え始め、最愛の妻は悪化するばかり。
どこにも明るい話題がない中で、今までフローラの体調が悪化して行くのを目の当たりにして、必死で明るく振舞おうとしていたスミナが明らかに変わったのだ。
どうやらジニアスと言う男に惚れているらしく、その男の話をする時は心底嬉しそうにしているのを感じたアズロン男爵。
正直父親としては少々面白くないところではあるが、ここまで娘を立ち直らせてくれたジニアスには感謝の心の方が強い。
そこでアズロン男爵はジニアスと言う人物にお礼を伝える為、そして少々見極めてやると言う心を少々持ちながら、自宅に招待するように伝えていた。
アズロン男爵自身もかなり疲弊しており、正直娘のスミナの明るい気持ちにあやかりたい部分もあった。
その原因はフローラの体調悪化、財務状況の悪化に加え、ダイマール公爵家当主であるユルハンの行動だ。
ダイマール公爵側としてはアズロン男爵家の状況などは筒抜けであり、最早成す術がない所まではあと一歩と認識していた。
そのため、時折アズロン男爵家に対して援助の申し出をしていた。
まるで善意100%であると言わんばかりだったが、内容は惨い物だ。
「アズロン殿、どうやらご夫人の状況は思わしくない様ですな。あれほどのお方を何もせずに指を咥えて見ているのは私としても忍びない。どうです?我がダイマール公爵家が責任をもって回復致しましょうか?そうそう、スミナ嬢も母親が心配でしょうから、二人纏めて当家でお世話致しますよ?」




