(25)力の開示
目の前で母ちゃんが悲しんでいるこの状況、どうすれば……とりあえずネルを出して既に強大な力がある事、それとネルの力で母ちゃんを落ち着かせてもらうか。
相変わらず人任せにはなってしまうが、俺にはまだ力が無いから仕方がない。
左手に呼びかけると、美しい顔で蝶の羽を持つ精霊族のネルが現れた。
呼びかけている時点で本当に緊急事態だと告げていた為に初めて俺の目の前で跪く事は無く、誰もが見惚れてしまう慈愛の表情のまま母ちゃんを見つめつつ俺の横に立っていた。
同性である母ちゃんも突然現れたネルに驚くよりもその美貌の虜になっているようで、視線は俺から移動されてネルに釘付けになっているおかげで、涙も止まったようだ。
「母ちゃん、落ち着いて聞いてくれ」
「え?あぁ、大丈夫だよ。なんでか分からないけど、随分と落ち着いたよ」
どうやらネルが、既に母ちゃんを落ち着かせるような術を行使してくれていたようだ。
本当にありがたい。
「確かに、あいつらのふざけた行動、決して不手際ではなく意図的に行われた悪意ある行動で、俺は斑の卵を五つ持っている。でも、安心してほしい。今ここにいるネル、そしてもう一体、俺には強い味方がいるんだ。正直、青の卵を孵化させた連中よりも遥かに強い」
ネルのおかげで、俺の言う事を素直に消化してくれている母ちゃん。
「だから、安心してほしい。それに、母ちゃんのおかげで学園に通えて、スミナと言うかけがえのない友人も出来たんだ。後……こうなった以上は緑以上の卵を俺が手に入れても仕方がないので、売却して母ちゃんにはそのお金で少しゆっくりして貰いたいと思っているんだよ」
卵を孵化させた者が追加で卵を孵化させても、力を得る事は出来ない。
卵の期限もあるので長期保管する事も出来ないために、即売却が現実的な対応だ。
「わかったよ、ジニアス。お前、私のために黙っていてくれたんだろう?ありがとうね。本当に優しい子に育ってくれたよ」
久しぶりに母ちゃんに頭を撫でられたが、悪い気はしない。
寧ろ、本当に安心できる。これが無償の愛なのだろうか?
ここまで母ちゃんが俺の話を理解してくれて、更には納得してくれたのはネルの力のおかげである事は間違いないだろうな。
「そうそう、ジニアス!お前、こんな美人が力を貸してくれているって、スミナちゃんとの関係はどうするんだい?」
「ブゥ~……ゴホッゴホッ」
少し元気になったと思ったらすぐコレだ。
ホッとして口に含んだお茶を吹き出してしまったのだが、ニヤニヤしつつ俺の反応を楽しんでいるな。
「ネルは俺に力を貸してくれている仲間。スミナは友達だよ!」
「そうなんだ~。へ~」
ダメだ。俺がいくら正論を言っても表情が変わらない!
でも、今日はこのままで良いだろうな。せっかく母ちゃんが元に戻ってくれたのだから。
こうして俺は近年経験した事の無い難局をネルの力を借りて何とか乗り切る事が出来た。
本当に、本当に助かったぞ、ネル。
だが、同じような事が起こらないように対処する必要はある。
これは初めてあいつらの言う“小さな事”を教室で起こす必要があるのかもしれないな!と、そう決意して、その日は眠りにつく事にした。
翌日、相変わらず誰も会話をしていない教室に行き席についてスミナと話をしていると、オドオドしつつもこちらを伺うような表情のロンドルが入ってきた。
こいつの心情は、何とか母ちゃんを通して許してもらえたか確認したいと言った所だろうな。
その期待に応えるように、俺は立ち上がり声を掛ける。
「先生、どうやら余計な事をしてくれたようですね。そもそも学校の不手際程度で済む事ですかね?そう言えば俺、この場にいる誰からも謝罪を受けていなかったのを思い出したな。態々わが身可愛さに俺の不在を狙って家に突撃してくるバカもいるし……」
ロンドルを重点的に追加でクラス中を見回すのだが、今までは尊大な態度だったヒムロ、レグザ、ビルマスの三バカも下を向いて震えている。
「ご、ごめんなさい、ジニアス君。先生、良かれと思って……ごめんなさい」
俺が黙って見ていると、言葉が段々と尻すぼみになっていく。
まるで俺が恐怖の大魔王みたいじゃないか。
実際こいつらから見れば俺は恐怖の象徴なのかもしれないが、非道な行いをされたのだから多少の反撃は仕方がないだろう。
「次は無いからそのつもりで。一応ここで全員に言っておく。俺の家族に余計な事を吹き込んだり、余計な接触を強行したりした連中には少々痛い目を見て貰う!」
言うだけ言うと俺は大人しく着席しようとしたが、念のため確認だけはしておく事があったのを思い出した。
「そうそう先生、当然俺にも緑以上の卵、一つ貰えるんでしょうね?」
「ももも、もちろんです」
こいつ、今適当に返事しやがったな!だが言質は取ったからとりあえずは良いだろう。
これだけ脅せば、いや、しっかりと確認しておけば、こいつも必死で卵の手配をするだろうからな。
こうして、俺とスミナ以外はおそらく牢獄にでもいる様に感じている教室での授業は行われているのだ。




