(138)ダイマールと皇帝シノバル②
アズロン男爵領の邸宅にさっさと戻った男爵は、待っている面々に謁見の間での行動だけを報告している。
その後の具体的な情報については、数々の補助を内々で受けているアズロン男爵家暗部のソルバルドが帝都に残っているので、そこから上がってくる情報を待っている。
「流石はアズロンさんですね。今の皇帝やダイマールでは、あれだけの金額は出せません。どう考えても互いが支払いを押し付ける事は明らかですからね」
「自業自得だろ?俺はもっと吹っ掛けても良いと思ったんだが、まぁ、これからのあいつ等の行く末を楽しみにしておくか」
補償金を吹っ掛ける案を出したチャネルが物足りないと言いつつも、一応矛を収めた形の発言をしている。
王族や貴族に関連する話にはついて行けないジニアスなのだが、取り敢えず警告は間違いなくできたと思いながらも黙って話を聞いている。
彼等の予想通り、アズロン男爵が邸宅に到着後も謁見の間では継続して小競り合いが起きていた。
「ダイマール!貴様・・・なんだこいつらは。本当にレベル9なのか?四人揃って無様を晒しおって!!貴様が責任をもって賠償金を準備しろ!」
「な?陛下。それは受け入れられません。我が公爵家も正直相当厳しい現状なのは御承知の通りだと思います。せめてここは折半とすべきではないですか?」
「バカを言うな!貴様の愚行のせいで他国からは白い目で見られ、交易すら真面にできない状況になっているのだぞ!その上に余に向かって賠償金も負担しろだと?恥を知ったらどうだ!」
ここまで言われては、流石に黙っていられないダイマールも今迄の遠慮が無くなり熱くなってしまう。
「あの忌々しいアズロン、そしてジニアスに対しての対策を必死で考え、行動してきたのはこのダイマールなのですよ?陛下は何か具体的に動かれましたか!ないでしょう。結果だけを見て叱責するなど、有ってはならない事です!」
言っている事だけは正論だが、この場で怒り狂っている皇帝に対して言って良い状況かは別の話になる。
「・・・貴様、分かっているだろうな。今迄の僅かな貢献に免じて便宜を図ってやった余に対する許しがたい暴言。身をもって償う他ないぞ!」
本来は即刻死罪となってもおかしくない程の暴言なのだが、腐っても筆頭公爵な上に皇帝の力が弱まっているこの状況では即座に断罪と言っても、精々筆頭公爵の地位から落とす程度しかできない。
強かなダイマール公爵はそこも理解しており、皇帝の叱責に対して反撃して見せる。
「そうなれば、陛下の戦力は激減するでしょうな。腐っても筆頭公爵家。ある程度の戦力と財力の貯えはあって当然。そこを放棄するのですな?」
ダイマールにこれほど明確に反撃された事がないので、自らの明確な意思を持たない皇帝シノバルでは即座に反撃する事は出来なかった。
この様子を観察しているソルバルドは、自らの感情を押し殺して真実だけを主であるアズロンに伝えるべく一字一句漏らさぬように言葉を記憶し、表情も記憶している。
その一週間後・・・丁度アズロンが告げた期限がやってくる。
「どうやら来たようですね」
アズロン男爵領に馬車が数台到着したと報告を受けたので、ソルバルドからの報告もあって賠償金が到着したと把握している男爵一行。
帝都からアズロン男爵領までは馬車で一週間必要になるので、謁見の間での揉め事は互いが納得できるのかは別にして即収束し金策に走っていた事も知っている。
そして四人の冒険者と言えばブレイドが消えると恐怖の対象が消えたとばかりに、揉めている皇帝と公爵を無視してさっさと謁見の間から逃走し、今は連絡が付かない状態になっている。
ダイマールからしてみれば最後の隠し玉とも言える最強戦力すら手元を去ってしまったので、最早打てる手はないと折半とした賠償金の準備に追われていた。
告げられた納付期限は男爵領に届ける為に必要な移動時間と同じである為、即準備して出立しなければどのような罰が来るのか考えるのも恐ろしく、皇帝も同じ気持ちで金銭を準備していた。
最後のプライドが邪魔をして、自らがアズロン男爵領に出向く事だけは出来なかったのでこの場に二人は居ないのだが、代理の者がアズロン男爵と面会している。
「こちらが陛下とダイマール公爵からの賠償金になります。ご確認をお願い致します、アズロン男爵殿」
一時期領地が最悪の状況に陥ってしまい相当持ち直したと言っても未だ復興の最中なので正直お金はいくらあっても困る訳ではなく、馬車に積まれている金銭を確認後しっかりと受け取るアズロン男爵。
「確かに受け取りました。これで今回の件について何かを要求する事はありませんが、今後何かあれば過去の分も含めて再び請求します。そうそう、特例として、我が領地は帝都側の陰謀によって荒らされていた以上、この分の保障として来年以降の納税についても時期を見て相談とします。ここだけはしっかりと伝えてください」
その後、皇帝側がアズロン男爵に罪を認めて賠償金を支払った事実は隣国のシラバス王国から各国に一瞬で広まり、やはりヨルダン帝国は相当後ろめたい事を実行していたと再認識されてしまった。
ここまでくると、国家としての体裁すら保てずに一気に坂道を転がり落ち、今では帝都の貴族の邸宅やその周辺、皇宮は目に見えて寂れている。
民の住む場所、更にはチャリト学園にも影響はないのだが、国力が元に戻る見通しは立っていないながらも他国から侵略されないのは、ジニアスからアズロン男爵を通し、最終的にはヨルダン帝国から各国に釘が刺されていたおかげだ。




