(134)救出完了
仮の拠点としている何もない小屋、窓も無く外から中は見えないし、中からも外は見えない状態の小屋で準備をしていたジリュウ達四人のダイマール公爵と皇帝シノバルの命を受けて作戦を実行しているレベル9の冒険者達は、目的の一つであるアズロン男爵側の弱点であるスミナを単独で捕らえられると確信して一気に外に飛び出す。
何も見えない小屋から外の状況が分かったのは、操作系統の力を持つムスラムが眷属から得た情報を展開しているからだ。
事前に情報展開していた通りに、傀儡にしたヨーマと言う冒険者がスミナと共に近くに来ていたのだが、想像通りに護衛の魔獣である霞狐の姿は見えず、警戒態勢を取りつつも迅速に対処すべくムスラムとドノロバが霞狐の対応に、ジリュウとトステムがスミナの捕縛に動く。
長年ダイマール公爵家からの後ろ暗い依頼を達成し続けている存在の為に、目の前の全く障害にならないヨーマは完全に無視しつつ、自分達の姿を視認したスミナが本当に一瞬だけ動揺したのを見逃さず、作戦の成功を確信する。
「……もうっ!ジニアス君は心配性なんだから!!でも、嬉しいな!」
何故か直後にスミナの少々照れているかのような声が聞こえるのだが、視界は暗転して全く体の自由が利かなくなっている四人の冒険者達は、動揺しているヨーマと落ち着いているスミナの声が嫌でも耳に入る。
「あ、あの……スミナさん?何故あの四人は動かないのですか?」
「それは、動かないのではなく動けないのですよ。私を護衛してくれている霞狐が教えてくれたのですが、周囲に隠れていた敵の魔獣は別の魔獣によって完全に駆逐されました。その上であの四人を拘束しています」
この声を聞いて、ジニアス達の動向を常に気にしていたムスラムが監視の任務を行っていた最弱の飛翔種から意識を外し、霞狐を始末させるために配備した多数の魔獣に意識を向けるのだが、全ての魔獣から全く反応が無くスミナの言葉が事実である事……自らが準備していた魔獣が全て始末されてしまった事を理解する。
「そんな事が出来るのですか?って、実際に固まっていますけど。それに、隠れていた魔獣がいたなんて信じられません」
「そうかもしれませんね。ですが、霞狐からの情報なので間違いないですよ?お願いしてジニアス君が準備してくれていた魔獣の姿を見せた方が良いですか?」
ジニアスの名前を聞くのは二度目ながらもその存在については良く分からないヨーマだが、霞狐を一度至近距離で視認した経験から、同等の魔獣達がこの場に来てしまえば情けなく腰が抜けてしまうかもしれないと感じており、スミナの申し出は断る。
「だ、大丈夫です。お話は分かりました」
ヨーマとスミナの話はここで終わったのだが、未だに何も動かせず何も見えない四人の冒険者達は、作戦は完全に失敗した上で相当危険な状況に陥ってしまったと悟りつつも、何もできずに只管唯一外部の情報を得られる聴覚に意識を集中している。
「貴方にはお会いした事がありますね。学園祭に来られていましたね?トステムさんと言うのですか。それほど立派なレベルの力を持ちながら、情けないですね」
手始めに個人名を出された回復系統レベル9を持つトステムは、自らの能力や名前を完全に鑑定された事を悟り、今のスミナは事前情報を得ていたレベル7ではなく自分と同じレベル9の上位の力を持っていると判断する。
鑑定を防ぐには鑑定術が必要であり、自らも回復系統レベル9の鑑定術を持っている状態で情報を抜かれたのだから、過去の経験や一般的な知識からそう判断していた。
「他の方々も同じレベル9ですか。随分と苦労して上限レベルまで至ったと思うのですが、その力をもっと他の方法に使えば良かったですね?」
四人の冒険者が意識を保てたのはここまでで、いつの間にか現れている数体の魔獣によって抱えられた上で一気にこの場から消えて行った。
「ヨーマさん。霞狐によれば小屋の中に複数の存在があるようですから、きっと仲間の方々ですよ?行ってみましょう!」
相変わらず事態について行けずに少々ボーっとしてしまうヨーマをよそに、スミナはさっさと見えている小屋に向かい、四人が外に出るために破壊した壁ではなく唯一存在している扉を開けて中に入る。
ヨーマも慌ててスミナの後を追って小屋に入ると睡眠状態にある冒険者風の三人が横になっており、規則正しく胸が上下している事から一気に気が抜けてへたり込んでしまうヨーマ。
「ヨーマさん。この方々は眠っているだけで怪我も無ければ異常状態もありません。ここにいる方が全員と言う事で良いですか?」
「は、はい。本当にありがとうございます!」
最初から今迄何が何だか分からないままに振り回され、最終的には再び仲間と共に活動できると安堵したヨーマは最大の功労者であるスミナにお礼を伝える。
「どういたしまして。と言うよりも、申し訳ありませんが私の揉め事に巻き込まれた可能性が高いので、こちらが謝罪すべきなのです。重ねて申し訳ありませんでした」
逆にスミナとしては、ここまでくれば確実に自分が原因でヨーマ達がこの様な目にあったのは間違いなく、想定以上に早く対応する事が出来たので未だ睡眠状態にある三人が目覚めるまでこの場に滞在し、謝罪と慰謝料を強引に渡した上で帝都に戻る。
当然だがその後スミナは急ぎ教会に戻って癒しの作業を再開するのだが、いくら早く揉め事が終わったとは言ってもある程度の時間を要していたので、作業は何時もの時間には終わらずジニアスとの待ち合わせの時間を過ぎてしまったのだが、自分の周囲には霞狐以外にも大量の魔獣がジニアスの命で護衛についている事を理解した為に、今の状況は間違いなく把握されていると分かり焦る事はなかった。
「ふ~、今日は色々あったからちょっとだけ疲れちゃったかな」
漸く今日の仕事を終えたスミナは、神父を始め同僚に対して挨拶をして教会を後にし、待ち合わせの門に急ぎ足で向かう。




