(133)ジリュウ達の作戦通りに…
「どうやら作戦が上手く行きそうだ。あの化け物二体は今の時点でアズロン男爵領にいる事も確認できている。ジニアスも俺達がヨーマに戻ってくるように指示した場所からは程遠い位置にいる。絶好のチャンスだ。失敗するなよ?」
操作系統レベル9であり、ヒューレットが妖幻狼を使役していたと思い自らの強化を誓い行動していたムスラムが、今回の作戦を共に実行しているドノロバ、ジリュウ、トステムに現状を告げる。
アズロン男爵領の監視はとるに足らない、つまりネルやブレイド、霞狐にも脅威と判断されない程の最弱の飛翔種の獣を監視につけており、周囲にも多数存在している無害な存在である事から、その思惑通りにアズロン男爵側は何も脅威が無い存在に意識を向ける事がないままに最低限の情報を抜かれていた。
必要としていた情報も脅威となり得る存在、ネルやブレイドが作戦を実施する帝都周辺にいない事を確認しただけなので、情報を得る際に殺意等あろうはずも無く誰も気が付いていない。
本来ジニアスやスミナの護衛に就いている二体なのだが、最近ではアズロン男爵領の開拓や危険な獣、魔獣の駆除の為に残るように命令されており、帝国に向かう際も同行しない頻度が多くなっていた。
男爵領繁栄作業実施の為に同行していないのだが、最近では帝国、特にダイマール公爵側からの悪意を全く受けていない事もあって、この部分だけは油断と言えなくもないのだが……ジニアス達の安全に関する代替案が採用されていないかと言うと、別の話しになる。
「ヨーマさん。事情は分かりました。私が今からヨーマさんのメンバーを霞狐と共に救出に向かいます。霞狐の制御を奪えなかったとしても、私の捕縛が成功した事にすればある意味作戦は成功ですよね?拠点が分からずとも結果を報告する為の場所は指定されていませんか?あるのであれば、今からそこに向かいましょう。っと、少しだけ待ってくださいね。事情を並んでいる方々に説明しておかなくてはなりませんから」
癒しを求めてくる人々の事や、今後異常を察知した敵が魔獣を教会にけしかけてしまう可能性、更には人質となっているヨーマの仲間の状態を考慮すると残された時間は少ないと判断したスミナは、ヨーマを残して直にこの場から出て行き、神父や同僚とも言える癒しの作業を行っている仲間、更には列を作っている人々に事情を説明した上で直に戻ってくる。
「ではヨーマさん。行きましょうか?」
スミナは回復系統とは言え身体強化で戦闘する事も可能だし、最悪は霞狐が本気を出せばどうにでもなる可能性が高いと思ってはいるのだが……いくら過去に常に同行していたネルがいない状態であってもジニアスがスミナの安全を疎かにするわけがなく、陰ながら冒険者として活動している際に追加で眷属にした魔獣達が護衛している。
状況が急変しているので今一つ頭が追い付けないヨーマだが、姿もわからずにこのような状態に陥れた別格の存在である依頼者が恐れている様子のスミナが手助けしてくれるのであれば、再び仲間と活動できると意識を切り替える。
「はい。宜しくお願いします、スミナさん。こっちです!」
霞狐は相変わらず警戒態勢を解かないながらもヨーマを攻撃する事はないが、既にその姿は一般人が視認する事は不可能な状態のままスミナと共に教会から出る。
「町中ではないのですね」
報告は人が多い場所の方が怪しまれないと勝手に考えていたスミナはこれから向かう場所が町中だと勝手に想像していたのだが、さっさと門を出てしまったので思わず独り言が漏れてしまう。
逆にジニアスの命令で陰ながら護衛をしている魔獣達にすれば、狭い町中よりも外の方がその力を存分に振るえるので助かっている。
霞狐はこの護衛の存在には当然気が付いているし、護衛も霞狐の存在に気が付いている。
つまり、レベル9相当の力を持っている魔獣であるのだが、あまりにも過剰戦力の為に普段はアズロン男爵領の適当な場所で自由に行動させており、スミナが単独で活動する際にのみ陰ながら同行して護衛の任務を遂行していた。
ドノロバ、ジリュウ、ムスラム、トステムは当然分かり様がないが、守護されているスミナでさえ知らない状態で過剰な戦力を引き連れたまま移動しているが、やがて森の中に有るボロボロの小屋が視界に入ってくる。
「あれですね?では、私を捕まえた様に見せて移動をお願いします」
スミナは自分がヨーマに捕まった形を取りたいのでこのように告げているのだが、ムスラムが放っている眷属によって普通に小屋に向かっている事は把握されており、実は無駄な作業だったりする。
ムスラム側としては対象の人物が一人、視認できないながらも絶対に霞狐が一体いる事は理解しているのだが、想定される敵戦力がこれ以上ない程に脆弱な状態で手に入れられそうだと沸き立つ。
「見えねー霞狐はお前が始末するんだろう?万が一の為に俺も加勢しておくぜ?」
魔獣には魔獣で対抗すべくムスラムの眷属達が匂いで霞狐の気配を察知して攻撃する手はずになっていたのだが、思いもよらずに余計な戦力が無い状態のスミナがこの場に来ているのでムスラム達の戦力に余剰が出た為、攻撃系統レベル9のドノロバがムスラムと共に霞狐の対策に動く事になる。
残りの攻撃系統レベル9のジリュウと回復系統レベル9のトステムは、共に今の見せかけの捕縛ではなく完全にスミナを捕縛する為に行動する。
残念ながらヨーマはムスラム達から見れば取るに足らない雑魚なので、誰が対応するかの話題にすら上がらない。
「行くぜ?」
脅威となるネル、ブレイド、ジニアスの動向を常に監視する必要がある為に、最弱の飛翔型の眷属に意識を集中させ続けているムスラムが態度で作戦開始の合図をすると、その姿を確認したドノロバが明確に行動を始める為に作戦開始と告げ、窓も無い小屋から四人の冒険者全員が一気に外に飛び出す。
四人の姿を確認したヨーマは突然の出来事に硬直し、スミナはダイマール公爵家が背後にいる事は間違いないと思いつつもせいぜい暗部を使っていると思っていたので、まさかこれほどの人材を使って来るとは想定していなかった為に少々表情が曇るのだが、今の自分、そして霞狐で対応できるはずと気合を入れ直す。




