(132)スミナの判断
「あの、私の事を知っている前提でお話させて頂きます。貴方は第三者に補助術を行使されて戦力を上振れされた状態で、私を捕縛する様に言われていませんか?」
どう見ても癒しを求めて教会に来たわけではない目の前の冒険者、ヨーマに対し、鑑定結果や霞狐の行動を踏まえて推測の上で優しく問いかけるスミナ。
捕縛の部分は多分に想像の域を出ないまま“第三者の影響を受けて”と言葉をやや濁しつつ問いかけているが、ヨルダン帝国の教会で活動している時に起こった出来事の為、どう考えてもダイマール公爵達の手が加えられている所までは間違いないと思っている。
ダイマール公爵や皇帝の名前は出ないながらも、これだけあっさりと明確に今の状態を処理対象のスミナから説明されてしまったヨーマは、諦めた様に項垂れつつ事情を話す。
「……はい。スミナさんの想像通りです。言い訳になりますが、僕としてはこれしか選択肢がなかったのです。メンバーを取り戻して、再び冒険者として活動するには……これしかなかったのです!」
ヨーマの言葉から推測すると、彼はパーティーメンバーを人質に取られてこのような行動に出ていると聞こえたので、スミナは浮かしていた腰を下ろして優しく微笑みながらこう告げる。
「ヨーマさん。大丈夫ですよ?私の、私達の話は嫌でも耳にしていると思いますが、強い味方のジニアス君もいますから。全く問題ありませんよ?少し別室で休んで頂いて、気持ちを落ち着けた後でメンバーを救出する方法を一緒に考えましょう!」
スミナらしい優しい気持ちが全面に出ており、ヨーマは下げていた視線をスミナに向ける。
「あの……確かに色々噂は聞いていますが、スミナさんの護衛の霞狐はここには来ていないのですか?それとも、教会には進入禁止なのですか?」
「ふふ、ここにいますよ?」
スミナの指示によって、隠密術を持っていないながらもその存在が全く見えない霞狐が朧気に見え始める。
「こ、ここにいたのですか!こんなに近くに!!全く気が付きませんでした。これでもレベル4の能力を持っているのですが……」
実際に持っている力は操作系統であり、獣や魔獣を従属させた上で召喚・送還できる能力である事から、まさかこれほど近接している魔獣の気配を感じる事が出来ないとは思っていなかったヨーマ。
正直能力的にはレベル云々は別にしても、探索術が使える防御系統か補助系統でなければ姿を隠している存在を見つけるのは至難の業だ。
元凶はダイマール公爵やあろう事か国家元首の皇帝シノバルなのだが、その命を受けて忠実に行動しているレベル9のジリュウ達が作戦を立案・実行しており、簡単にスミナを直接的に捕縛できるとは思っておらず、単独で行動しているように見えても霞狐がいると容易に想像できるので、一つの作戦として最低でも魔獣を支配下に置くべく操作系統を持つヨーマが選定されていた。
上限レベル以上の力を付与術によって得れば、可能性としては低いながらも霞狐の制御権を奪った上でスミナを捕縛、拉致し、その後人質として活用しつつジニアスやヒューレットパーティー、アズロン男爵側を潰そうとしていた。
経験豊かなジリュウ達は、流石にレベル9と言われている霞狐に対して上限レベル5、実際のレベルは4のヨーマが付与術によって強化されても支配できる可能性は低いと分かっており、強化済みのヨーマが支配できるレベル6から7の魔獣を多数教会から離れた場所に待機させていた。
ジリュウ達の想像通りに、現実的には力を上昇させた状態でも霞狐に対して何かをできるレベルではなく、完全ではないにしろスミナを捕まえる目的や手段に対して看破されてしまった事から、作戦を継続するのは不可能だと首を垂れるヨーマ。
当然ここまでは起こり得る事態だと理解しているジリュウ達なので、ヨーマ自身にも知らされていない別の作戦が継続中になっている。
ジリュウ達の想定によれば、ヨーマが何もできずに現状を暴露する可能性が極めて高いと判断した上で作戦を立案しており、スミナがヨーマからの説明を聞けば絶対に急ぎ他のパーティーメンバーを救出に向かうと思っている。
それこそ今回実行している作戦の最も重要な目的であり、大前提にヨーマがある意味裏切る必要があったのだが、そこも含めて間違いなく望んだ結果を得られると判断していた。
思惑通りに動かされているとは思っていないヨーマは、ジリュウ達の目論見通りに力が抜けて全てを曝け出している。
「僕達は森で獣を狩っていたのですが、いつの間にか気が付けば薄暗い部屋にいたのです。そこで能力を鑑定された上で、操作系統を持つ僕が実行役に指名されました。目的は霞狐の制御権を奪う事。できなければ、付与術によって強化された上で強制的に支配下に置かされた多数の魔獣を教会にけしかける事です」
「……そうですか。お話は分かりました。待機している魔獣の行動については、どのタイミングで実行に移される予定なのですか?」
ヨーマの仲間を助けに行くにしても、自分の癒しを待ち望んで待機してくれている人々を放置するわけにもいかず、だからと言ってヨーマを保護の上癒しの作業を終えて行動を始めた場合、魔獣達が教会に襲い掛かるかもしれない。
ヨーマの話によれば現時点で魔獣達の制御権はヨーマにあるようだが、逆に言えばヨーマを強化した上で魔獣を準備できる存在が裏にいる以上、ヨーマの制御権の有無など関係なく教会にけしかける事は可能だと判断しているスミナ。
「それは、僕が霞狐を支配下に置けないと判断した際に実行しろと言われています」
「そうですか。そうなるとあまり時間をかけていると強制的に魔獣を教会に向かわされてしまうかもしれませんね。ヨーマさんの仲間を拉致している人、ヨーマさんに命令している人に心当たりは有りますか?それと、その存在の拠点も知りたいのですが」
「全く分かりません。なんでこんな事になったのか……」
自分を狙いに来ている以上は高い確率でダイマール公爵が絡んでいると理解できているスミナは、ヨーマが自分達の巻き添えになってしまったと理解し、教会の癒しの業務に関してはヨーマパーティーを救い出した後で行うと決断する。




