(127)学園イベント(卒業5)
会場に響き渡ってしまった、短剣が落ちる乾いた音……
背後の戦力である人物達が普通にダイマール公爵を助けていればこのような状況にはなっていなかったはずであり、功を焦った結果無駄に注目を集めた上で、隠しようのない物的証拠とも言える短剣を無様にも落としてしまったダイマール公爵。
この状況を見て直ぐに動いたのは、チャリト学園の職員でもなければヨルダン帝国の公爵達でもなく、シラバス王国から来ている男爵のジョレニューだ。
「なんですか?この茶番は。このヨルダン帝国では、特定の人物に対して卒業証書を渡す際には短剣で突き刺すのが風習なのですか?」
シラバス王国のジョレニュー男爵は座っていた椅子から徐に立ち上がり、未だ不思議な姿勢で固まっている護衛を横に付き従えつつも、短剣を握っていた手が空いたので慌てて姿勢を戻して台を避け、落としてしまった短剣を拾っているダイマール公爵に近接する。
「まったく、呆れるばかりですね。ここにヨルダン帝国の名だたる貴族、その子息、更には商人、冒険者の方々とそのご家族がいるのでしょう?筆頭公爵であるダイマール公爵のこの無様であり得ない奇行を見て、誰も何も行動しないのですか?」
ダイマール公爵としてはここで冤罪を晴らす腹積もりだったのが、より悪い方向に事が進んでしまい非常に焦る。
目の前の異国の貴族が言うように、この場には卒業生とその親、つまりは貴族や商人、相当力のある冒険者達が揃っているので、その視線がある中であり得ない程の凶行に及ぼうとしていた事を物的証拠と共に目撃されていた。
助けを求めるように残りの二人の公爵、ホワイト公爵とスラノイド公爵を見るのだが、流石にここまでの事態になってしまっては庇う事も出来ずに二人はダイマール公爵と視線を合わせようとはしない。
その間にもシラバス王国の貴族、ジョレニュー男爵の話は止まらない。
「流石は大陸のダンジョンを荒れさせているヨルダン帝国。その証拠を公にさせないがために、夜逃げせざるを得ない状態にまで追い込んだアズロン男爵のご息女を公に殺害しようとするなど、証拠隠滅に余念がないのですね?ダンジョンに関する事が闇に葬られれば、これだけ公衆の面前でアズロン男爵令嬢を始末しても対処できる算段があったのですか?」
ここぞとばかりに、冤罪ではあるがダンジョンの異常の罪を着せにかかるだけではなく、ダイマールとしてはスミナを脅して手中に入れるだけのつもりだったが殺害するつもりであったと主張する。
「ば、何を言っているのだ!言いがかりだ!貴様、筆頭公爵であるこのダイマールに対して、無礼だぞ!」
反射的に反論するダイマール公爵だが誰がどう見ても分が悪く、具体的な反論は一切できずにいる上に援護射撃すら受ける事が出来ないでいる。
「おやおや。無礼も何も、私はヨルダン帝国の貴族ではありませんから。ヒューレットさん達の様にどの国でも同じような地位として扱うべき存在以外には、敬意には敬意、敵意には敵意で対応する必要があるのですよ?」
慣習で低位貴族が来賓として卒業式に来るのだが、ジェイド国王から直々に指名されるだけあって頭の回転が非常に速いジョレニュー男爵は、異国とは言え完全に雲の上の存在であるはずの公爵に対しても一歩も引く様子を見せず、寧ろ好戦的だ。
一般的な対応であればジョレニュー男爵もこのような行動はとらないが、今回はある程度ジェイド国王に事情を聞いており、不測の事態が起これば好きに対応して良いと分厚い後ろ盾まで貰っているので、上げ足をとられて国際問題にならない程度に調整しつつもしっかりと糾弾した上で、ダンジョン異常の冤罪に対してより真実味を帯びさせる事も忘れない。
言っている事は正しい事を言っているので、ダイマール公爵だけではなくスラノイド公爵やホワイト公爵ですら何も反論できなくなるこの場には、ジョレニュー男爵の声だけが良く響いている。
「では、今回の凶行は未遂ではありますがこれだけの証人、そして物的証拠がありますから言い逃れはできませんよ?それと、このような事を平気でしでかす犯罪者から証書を貰っても嬉しくないでしょうから、スミナさんとジニアス君については、僭越ながらこの私ジョレニューが証書をお渡しします」
さっさと短剣をダイマールから奪い取って自らの操作系統の収納術で証拠品として押収すると、未だに手に持っているスミナの卒業証書まで奪い取る。
すると、その直後に殺気はそのままで護衛の者達を動けない状態に維持したまま、霞狐は邪魔していた場所からどいてスミナに道を開けた。
「フフ、ありがとう!」
誰に何を言っているのか分からないヨルダン帝国の面々だが、霞狐がこの場にいるのだろうとしっかりと予測できているジョレニュー男爵だけはその意図をしっかりと理解し、敢えて動きをゆっくりとする事で霞狐の行動を阻害しないように配慮している、
正直レベル9の霞狐の動きを操作系統レベル5のジョレニューが阻害できるわけはないのだが、その配慮にもしっかり気が付いているジニアスやブレイド、そして今は最も当事者になっていると言えるスミナも笑顔になる。
「ジョレニュー様、ありがとうございます!」
ジョレニューとしては何に対してありがとうなのかを完全に把握する事は出来ていないのだが、ジェイド国王から聞いている情報から推測すると全てに対してなのだろうと即座に判断し、笑顔で対応する。
「いいえ、当然の事をしたまでです。そうだ!どうせならばジニアス君と共に受け取ってはどうでしょうか?」
「本当ですか?おーい、ジニアス君!!」
もう他の生徒や目の前のダイマール公爵、そして固まっている護衛の事など関係ないとばかりに振り返って大声でジニアスを呼ぶスミナと、そこまでせず共しっかりとジョレニュー男爵の言葉は聞こえているので少しだけ苦笑いのジニアスは、スミナの元に向かって行きスミナと共に卒業証書を受け取るジニアス。
「ジョレニュー様、ありがとうございます。本当に記憶に残る、嬉しい卒業式になりました!」




