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(126)学園イベント(卒業4)

 ダイマールとしては、敢えて卒業証書を個別に自ら渡す事でスミナとジニアスを引き剝がせると思っており、更には自分自身の護衛として背後に戦力を携えても高位貴族であり何も違和感はないため、普段であれば絶対に行わない手間のかかる作業を積極的ではないにしろしっかりと行っている。


 想定通りにスミナやジニアスは壇上から遠い後方に座っているので、化け物じみた力を持っていようが手の届く範囲にいる獲物(スミナ)を助けるには距離がある為に絶対に不可能だと確信している。


 いくらジニアスが異常な強さを持っていても、ネルやブレイドが顕現しても、手の届く範囲と相当距離があるのでは確かにダイマールの考えは正しく、例えば異常状態を付与する刃を少しスミナの体に近づけるだけでジニアス側をけん制する事が出来る。


 方法としては、袖の下に潜ませている短剣を証書と共にスミナに近接させる事……だ。


 呼ばれている卒業生達は成績順に座っているわけではないのであちらこちらからの席から立ち上がり、壇上に向かい卒業証書を手にして嬉しそうに席に戻ってくる中で、いよいよ残り二人……ジニアスとスミナの二人が予定通りに残され、スミナの番になる。


 公にジニアスの成績が一番悪いと言っている細かい嫌がらせなのだが、テストも実地も有り得ない成績を叩き出していた事を、知る人は知っている。


「では、残り二人。スミナ!」


 敢えて残り二人と言う所や突然呼び捨てにする所も無駄に芸の細かいダイマールだが、呼ばれたスミナと残されているジニアスは涼しい顔であり、ダイマールの意図をある程度理解しつつも一切慌てる様子はない。


 ダイマールがジニアスを先に呼ばなかったのは、万が一にもスミナを壇上で待つような行動をとられては作戦が瓦解するからであり、流石は悪意の塊の筆頭公爵である為に細かい所についても良く考えられていた。


「じゃあ行ってくるね、ジニアス君」


「行ってらっしゃい、スミナ!」


 二人にしか認識できないが、席を立って通路になっている位置に移動したスミナの背後、本当に触れるか触れないかの位置に霞狐が音も無く飛び降り、主であるスミナを守る為に共に壇上に向かっている。


 ジニアスも万全を期すため、敢えてスミナには伝えていないのだが……隠密術をレベル10で行使できる補助系統を持つブレイドも護衛につけており、当然レベル9の霞狐ではブレイドの存在に気が付く事は出来ないので、霞狐の動きにも違和感を持つ事なく進んで行くスミナ。


 スミナが過剰な防御能力と戦闘能力を持っている状態とは分からないダイマールは、いよいよこの茶番とも言える卒業証書授与の本当の目的を達成できると緊張から表情が厳しくなる。


 スミナが壇上に上がり、対面して卒業証書を持って待ち構えているダイマールは……証書で見えないように既に短剣を隠し持っており、渡す瞬間に軽く一刺しするだけで異常状態に陥るので、その後は自分でスミナを手繰り寄せると同時に背後にいる自らの手駒で取り押さえる事にしていた。


「卒業、おめでとう」


 表情はとても祝っている表情に見えないのだが、コレを受け取らなければ話は進まないので手の届く位置にまで移動しようとしたスミナに対し、ブレイドやスミナ、ジニアス達にしか認識できていない霞狐がしっかりと状況を把握して進路を優しく妨害し、近接できないようにしていた。


 はたから見れば証書を受け取る事を逡巡しているように見えるので、早く最大の目的を達したいダイマールは焦りからか、大声でこう告げる。


「スミナ!お前の所、アズロン男爵はこのヨルダン帝国を混乱に陥れている原因であるにもかかわらず、最大の温情でチャリト学園の卒業を認めてやっているのだぞ!さっさと証明書を受け取らんか!」


 突然切れ散らかしているダイマール公爵と壇上のスミナに視線が集まるのだが、公式的にダンジョンの異常はシラバス王国のジェイド国王からの発表である“ヨルダン帝国に責がある”とされており、今尚その言葉を否定する術を持たない帝国側が反論していないのでこの発表が定着しつつあり、ダイマール公爵が喚いている内容とは大きな乖離がある。


 この学園と同じような学園は他国、例えばダイマールの息子であるヒムロをボコボコにしたイリスが通っているシラバス王国にも存在するのだが、どの国家でも非常に重要な場所であると認識しているので、実は来賓に近隣国の貴族、流石に公爵クラスが来る事はまれだが、低位ではあるが貴族が来ているのが一般的だ。


 特に今回はアズロン男爵から事情を聞いていたシラバス王国の貴族が態々チャリト学園にまで来ており、しっかりとダイマール公爵のこの言葉を聞いているので周囲の学園関係者は一瞬で冷や汗をかいている。


 今更取り繕っても仕方がなく、ここでスミナを抑えれば自らの冤罪を証明できると確信しているダイマールは多少強引に身を乗り出してスミナに一突き入れようとするのだが、無駄なお腹が少々邪魔をしてどう考えても届かずにいる。


 卒業証書を持つ手には短剣が握られているので非常に動き辛く、少々慌てて行動してしまった事から中々体勢を立て直す事が出来ないダイマール公爵を助ける体で護衛の者達が近接して、これ幸いと一気にスミナを捕縛しようと動くのだが……ダイマール公爵を除いて誰もが中途半端な状態で動きを止める。


 これはブレイドが何かをしたのではなく、護衛の霞狐が攻撃系統の力を使って局部的に殺気を出した為に、本能的な恐怖によって動きを阻害された結果だ。


「くっ……」


 勢いづいて更に乗り出すかのような形になっているダイマール公爵……普通は直接対象の人物と対峙する様に証書を渡すのだが、今回の様に短剣を仕込む様な行動を行うためにはどうすれば良いのかを考えた結果、対象の人物と自分の間に手元が見えない高さの台を置く事にしており、コレが逆に仇となり、ダイマール公爵は出っ張った腹が台について足が浮いている状態のまま必死で体勢を戻そうとしている中で……


――カラン――


 どうしても両手がふさがっている状態でじたばたしてしまい、あえなく証書の裏に隠し持っていた短剣を、注目を浴びているこの場で落としてしまった。


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