(125)学園イベント(卒業3)
二人並んで少し後ろの席に座っているジニアスとスミナだが、前方に陣取っているクラスの面々、特に豪商マハームの娘であり魔物に攫われていた所を救出したリンが微笑んで一礼してくれたのが印象的だ。
卒業の日にこの挨拶を無視する事は無く、互いに軽く頭を下げて挨拶をする。
未だ全員が揃っていないようで、まだまだ待たされると理解している二人は雑談に花を咲かせる。
「そう言えば、随分と凄い所にいるね」
「フフフ、私じゃ考えられない程能力が高い事がわかりましたよ、ジニアス君」
先ずは二人以外には全く気配を掴む事が出来ない護衛の霞狐の場所についての話題だが、これだけ人が密集し始めると床に足をつけての護衛は難しいと判断したのか、何と天井にぶら下がっている。
確かに存在を隠蔽する能力を持っているのだが、現実的にはその場にいる事は間違いないので、密集地帯に存在し続ける事は突発時の動きに制限がかけられる事になる為、不利益になると判断したのだろう。
「随分と頭が良いなぁ。俺も見習わなくっちゃ」
「フフフ、ジニアス君は頭も良いでしょう?」
こんなくだらない会話をしているのだが、周囲にいる人物にとってみれば内容は一切理解できない。
会話を続けていると時間が経つのは早いもので、道中の野営、アズロン男爵邸前での野営時も含めて相当話していた二人だが話題は尽きず、いつの間にか周辺の席が埋まっており、壇上に見た事のある顔……担任のロンドルを含めた各クラスの担任と、学園長であるチャリトを視認する。
各公爵家も来賓としてこの場に来ているようで、特にダイマール公爵の視線が明らかにスミナに向けられている事位は、高いレベルを持っている為に身体能力が上がっているスミナも気が付いている。
「ジニアス君、なんで私が見つめられているのかな?」
何か事を起こそうとしているのは明らかなのだが、その内容が分からないジニアスは緊張をほぐす為に敢えておどける。
「スミナが綺麗だからだよ」
「!?……もうっ!」
軽くはたかれて苦笑いのジニアスだが実はかなり本音が混じっており、言われたスミナはジニアスの思惑通りに緊張がほぐれたようだが顔を赤くして下を向いている。
何時ジニアスの弱点であるスミナを攫い、更にはヒムロ達に癒しを行使させようかと思案しているダイマールとしては、その視線の先で二人がイチャイチャしているように見えるので、自分の事を棚に上げて何故これほど公爵である自分自身が苦悩しているのに平民や男爵令嬢ごときが楽しそうにしているのか!と恨みを募らせている。
「静粛に!今から卒業式典を執り行う。本日は公爵家の方々にもお越しいただき、今日卒業する全員に激励の言葉を頂ける事になっている。非常にありがたい事です」
司会者が壇上に現れて卒業式を始めると告げ、立場上保護者であったとしても公爵がこの場に来ている以上は相当持ち上げて紹介しており、紹介された公爵側も公の場所である以上は形上平静を装っている。
一方のジニアスは、生徒を囲うように立っている教員がいる中には必死で殺意を抑え込んでいる気配を複数感じ取っており、どう見ても皇帝か公爵の手の者だと警戒しつつも、司会者の言葉に耳を傾けている。
「本日は、皆さんがこのチャリト学園を無事卒業する非常におめでたい日です。この晴れの日に公爵家の方にありがたい一言を頂ける事も良い思い出になるでしょう。では、ダイマール様、よろしくお願いいたします」
司会者の言葉に反応して、ゆっくりと立ち上がったダイマールは中央のひな壇に向かう。
立場が立場なので各公爵家の背後には護衛の者が控えており、挨拶の為に移動する際にもしっかりと追随している。
「ご存じの通り、私がダイマール公爵家の当主、ユルハン・ダイマールだ。今日は全員が卵の能力を得て無事に卒業できる日に立ち会えて光栄に思う。君達が今後このヨルダン帝国を背負っていく人材になる事は間違いないので、祖国の為にその力を磨き、活用していける事を期待する」
「ダイマール様、ありがとうございます」
ジニアスとスミナにしてみれば、ダイマール公爵がこれほど真面な事を言えるのかと言う気持ちがあるので少し唖然としている中で、式は滞りなく進んで行く。
「卒業証明として卵、つまりは各系統能力については全員が得ておりますが、今後本学園を証明したと言う証となる卒業証書を授与したいと思います。では早速授与して行きましょう。何と証書の授与もダイマール公爵が行っていただけるのです。これほど栄誉な卒業式は学園始まって以来です。では優秀であった人物から順に渡していきます。ヒムロ君!」
司会は最も優秀である者から証書を渡すと言っているのだがその基準は一切明確になっておらず、共に学園生活を送った面々としてはヒムロ達の頭脳、行動を直接その目で見ている為に司会者の言っていた優秀な順番であるとは誰も思っていないのだが、最後の日に敢えてそのような事を指摘しても仕方がないので黙っている。
「おめでとう。次はレグザ君!」
誰もが簡単に予想できる順番で呼ばれており、その後にビルマスが続き、四番手からはそこそこ納得のいく順番で壇上に呼ばれて卒業証書をダイマールから嬉しそうに受け取っている。
「ジニアス君、コレって……私に何かしようとしているので間違いないよね?」
「誰がどう考えてもそうでしょ?卒業証書なんて初めて聞くしね」
未だ名前を呼ばれない二人は、漸くこの茶番が何故行われているのか……敢えて個別に壇上に呼び出す事で、背後に護衛の戦力を持ちつつ何かをしようとしている事を理解した。




