(124)学園イベント(卒業2)
アズロン男爵領地からヨルダン帝国の帝都に至るまでの区間は間違いなくネルとブレイドが存在し得るエリアであると認識している魔物達は、只管ダンジョンを強化する者や一部逃走してしまった者を除き、恐怖を必死で押し殺して帝都内部に侵入している。
その理由は言わずと知れており、ダイマールや皇帝シノバルと同程度の浅はかな考えと同じく、敵の弱点となり得るスミナと言う存在を手中に収める事だ。
必死で気配を消して、悪意すら強制的に押し込めて帝都に潜んでいる魔物達は、隠し切れない強大な気配……今回は唯一それ程力を抑えていない霞狐の気配を感じ取ったのだが、その気配を必死に且つ慎重に辿ると、ジニアスとスミナ、そして霞狐を即座に発見する。
何故かボロボロになっている邸宅跡地のような場所で豪華な野営を楽しんでいるようなのだが、何となく嫌な気配は感じるものの、恐怖の対象であるネル、そしてブレイドの気配を完全に掴む事は出来なかった。
痣に隠れている二人は何もせず共外部に力が漏れ出るような事はほとんどなく、最近は顕現しても上限レベルの低い人々と共に生活をしている事から悪影響を与えてしまう事を恐れて普段から力を抑えるのが癖になっており、五力のジニアスも同じ。
「おい、どう考えてもこの帝都で今最も力が有るのは、あの魔獣……霞狐か?あれだぞ!」
「わかっているが、お前も感じているのだろう?得体のしれない、おぞましい感覚を!」
相当遠くから慎重に観察している魔物は、かろうじて見えている人物のうちの一人がネルとブレイドの主であり、もう一人は本当に普通の女性で彼らの弱点になる存在だと判断しているのだが、今ここで急襲するような行動はとれない。
何せジニアスが同じ場所に居るのだから、変に突撃して恐怖の対象が現れては命がないと知っている。
「くそっ、あの女が一人で来るようにこの国のトップが動いたと聞いていたのだがな!情報に齟齬があった様だ」
実際は確かにそのように動いたのだが、あの手紙程度ではジニアスを排除するに至らなかっただけであり、そこまで情報を掴む事が出来なかった魔物だ。
「焦るな。チャンスはいくらでもあるはずだ。こっちも命がかかっているんだ。慎重にしすぎて尚危険があると思え!」
どれほどネルに対して恐怖を覚えているのかよくわかるセリフだが、彼等が行った事と言えば、ネルが育てていた花畑に対して配下を使って、場合によっては自らが少々荒らしてしまった事だけだ。
当時行動を共にしていた魔物の多くがネルに発見されて虐殺され、ついた二つ名が虐殺のネル……それもポーションを使って復活させて再び……と言う、本当に虐殺と言うにふさわしい行いだったので、命からがら逃げだした魔物達の恐怖は想像するのも難しい。
一方の皇帝やダイマール側でも暗部をアズロン男爵邸宅周辺に配置しており、こちらはレベル10を持っているわけでもないので近接しつつも隠密行動をしているのだが、もれなく霞狐やジニアスには気配を完全に掴まれている。
どの道障害にはならないので、暗部の気配を掴みながらも態度にはおくびにも出さずスミナと共に野営……と言うのが正しいのかわからない程豪華な食事を食べて、テントに潜り込むジニアス。
その前には霞狐がしっかりと周辺、特に暗部方面に向かって露骨に視線を固定している。
残念ながら霞狐では、レベルの違いからかなり遠くから恐怖を必死で抑えながら観察している魔物達の気配はつかめないのだが、完全に捕捉されていると判断した暗部は即座に撤退する。
どうあってもレベル9と言われている霞狐に対して勝てるビジョンが思い浮かばず、そもそも命令は安全を担保した上で可能であればスミナを攫えと命令を受けていたからだ。
筆頭公爵、更には皇帝に仕える最高戦力と言っても過言ではない暗部が一気に撤退して各自がそれぞれの主に報告を上げており、この帝都にジニアスも戻って来ている事を把握した皇帝とダイマール。
魔物達と同様に、暗部が揃って絶対に強制的に攫うのは霞狐がいる以上は不可能だと報告をしているので、卒業式の日に従魔である事を盾に会場に入場不可にすれば何とかなるかと思っている。
スミナの護衛をしている霞狐は無駄にヒラヒラの服を着させられているので認識しやすいが、本気になれば暗部を含めてその気配を察知されずに会場に忍び込むのは容易ではある。
更にジニアスは二体の別格の魔物を召喚できると理解できているはずなのだが、何とか個別行動をしている時に攫えるチャンスがあるはずだと僅かな希望に縋っている。
数日経過し……野営であるはずが、どこかの高級宿に宿泊していたかの生活をしていたスミナとジニアス、そして表立った護衛の霞狐は、手紙に書いてあった卒業式に参加する為に制服に着替えてチャリト学園に向かう。
道中、無駄に着飾った親や付き人を多く見かけ、嫌でも今日が卒業式なのだなと不思議な気持ちになりつつ門に到着すると、皇帝やダイマールが事前に考えていた通りに霞狐に対して安全が確保できず、出席者が恐怖を覚える事を理由に入場を拒否される。
「あ、わかりました」
その申し出をあっさりと受け入れたスミナを見て、事情を把握している門にいた者は自分の任務が苦も無く達成できた事に安堵する。
「じゃあ、あっちで宜しくね?」
スミナの言っている事は良くわからないが、任務を終えたのでスミナとジニアスが学園に入ったのを見届けてホッとして振り返ったのだが、もうどこにも霞狐の存在を視認する事が出来なかった。
スミナは野営中にこうなるかもしれないとジニアスと相談しており、霞狐に対してヒラヒラの服をあっちで脱いでついて来るように伝えていたのだが、全てをそのまま話すと拒否されるのは明らかなので、事前に霞狐に説明の上、かなり内容を省いて現場で話した。
主になっているスミナ、レベル10のジニアスであれば後方を一定の距離を保って追随している霞狐の存在は分かるので、そのまま会場に向かって三バカを始めとした見覚えのある顔が集まっている位置の空いている席に着く。




