(122)アズロン一家
皇帝を守る騎士の他に、裏では暗部が控えている中で情報を完全に抜いてみせたソルバルドだが、彼一人の力ではこの場に忍び込む事すら不可能であったはずで、実際にはネルが操作系統の力を使って皇帝側の暗部を強制的に隷属させた結果であり、操作させられている暗部はその事実にすら気が付かずに、ソルバルドの侵入を易々と許していた。
ソルバルドは、このままアズロン男爵が領地に戻り帝都の邸宅が無人になっている時点で全ての罪を着させられ、大陸中の国家、恐らくシラバス王国は除外されるが、ほぼ全ての国家が敵になる可能性が高いと判断しているので、必死で足を動かしている。
この移動も本来ではありえない速度になっているのだが、ネルがソルバルドの体の一部を制御した結果、休憩をとっている一行に即座に追いつく。
霞狐、ブレイド、ジニアスはその気配にかなり前から気が付いており、アズロン達はネルがいるので大丈夫だとは思っていたのだが、やはり無事な帰還を喜んでいる。
「アズロン様。中途半端ではありますが重大な情報を掴みましたのでご報告いたします!」
周辺の民には気が付かれる事は無いが、テントに入って挨拶もなしに説明を始めるソルバルド。
「成程。それは……確かに少々私は安易に考えていたのかもしれませんね」
ある意味シラバス王国の庇護下に入る事でヨルダン帝国からの追撃をかわせると考えていたのだが、逆にシラバス王国を巻き込む形で逆賊にされかねない立ち位置にいる事に気が付いたアズロン。
「止むを得ませんね。スミナはこのまま領地に戻って、私は帝都に戻りましょうか」
逆賊認定の根拠としては領主が帝都の邸宅から夜逃げした事が大前提となっているので、自らが戻ると宣言するアズロンだが、スミナまで戻してしまうと癒しを強制的にさせられる可能性が高いので、一人で戻ると決断する。
「では、アズロン様。やはりそこに執事は必要だと思いますので、この私ジョイナスもお供させて頂きます」
確実にダイマール達が訪問してくるので執事まで居なくては貴族としての体裁が整っていないと判断される事は間違いないのだが、その時点で邸宅にいる人物達は非常に危険な状態に置かれる可能性が高い。
「ジョイナス。理解できている……のだな。その忠義、感謝する」
皆まで言わず共その程度は理解できていると判断したアズロン男爵は、これで体裁は整ったと安堵するのだが、実際の所はそれほど身の危険があるとは思っていない。
それはアズロンの家族も同じであり、その自信の根拠は各自の護衛にレベル9の霞狐がいるのだから……
「では、私は急ぎ戻るとしようかな。霞狐に乗ればそう時間がかからずに戻れるだろう。民の先導は頼んだよ、フローラ、スミナ。じゃあ行くか。酔うなよ?ジョイナス」
「待ってください、アズロンさん。いくら何でも霞狐一体では厳しくなるかもしれませんよ?」
黒い服を着させられている霞狐にまたがって移動をしようとしたその直前に、ジニアスが彼等を止める。
「ダイマール側にもレベル9の冒険者がいるのですよね?それも四人と聞いています。それだと、霞狐一体ではかなり厳しい戦いになってしまうのではないですか?当然皇帝側の暗部や騎士も出てくるはずですよ?」
最近はその冒険者達、ドノロバ、ジリュウ、ムスラム、トステムはレベル9とは思えない失態、リンの失踪に関して全く気配を感じずに、更には調査も真面にできなかった事が噂になっており、その一件についてはレベル10の魔物が絡んでいる可能性が極めて高いと知らされているアズロンでさえ、彼等を無意識で侮り少々油断していた。
「確かに、言われてみればその通りだね」
「なので、逆にこう言った事はどうでしょうか?」
ジニアスの提言は受け入れられ、結局アズロンは邸宅に戻らずに移動を続ける事に決定したのだが、この話の直後にこの場からブレイドが居なくなっている。
翌朝……通常ではありえないのだが、ダイマール公爵を始めとした三大公爵と皇帝までもが大勢の護衛と共にアズロン男爵邸宅前に集合している。
今まで護衛として敵対する者には脅威の対象であった霞狐の姿が一体も見えないので、確実に夜逃げしたと理解し、これならば少々屋敷を捜索の上で即座に各国に事情を布告する事が出来ると喜ぶ。
「では、ダイマールよ。逆賊の邸宅を至急調査しろ」
皇帝シノバルやダイマール公爵達が喜々としてアズロン男爵の邸宅を調査しているのだが、その間にシラバス王国から有り得ない発表が緊急事態として流されたので、アズロン男爵邸宅前で陣取っているシノバルやダイマールがその情報を即座に仕入れ、反論すると言う最も重要な機会を失った。
その発表、シラバス王国のジェイド国王は大々的にこう宣伝している。
「此度は、緊急事態故にこのような早朝から連絡をさせてもらった。余が掴んだ情報によれば、最近我が国とヨルダン帝国アズロン男爵領以外のダンジョンに異変が起きていると言う。余とアズロン殿で調査した結果、その原因の一端はヨルダン帝国にある事を突き止めた。その事実を掴まれたと知った帝国側は、有ろうことか証拠隠滅の為に帝都に滞在中のアズロン殿を急襲したのだ。ギリギリではあったがアズロン殿一行は領地に向けて出立する事が出来てはいるが、残念ながら証拠については持ち出す時間はなかった」
ブレイドが急ぎ先行しているヒューレットに事情を説明する為に移動し、その一報を聞いたヒューレットも全力で移動してシラバス王国に事情を説明した結果がこの発表だ。
ダンジョン異常の原因については完全な嘘ではあるのだが、証拠がないのはお互いさまであり、それならば実際に早く発表した方がより信頼性が上がると先制攻撃を仕掛けた。
事実アズロン男爵の邸宅を囲んで一切反論する機会のなかった皇帝シノバルは完全に疑いを向けられてしまい、何を言おうが有罪を証明する証拠もないが、実際にアズロン男爵邸宅を囲んでいたのは事実であり、その行動がジェイド国王の言葉に真実味を与えていたので、無罪を証明する証拠も無く非常に追い詰められている。




