(115)学園イベント(就業体験3)スミナ
相当な緊張と警戒感が露わになってしまっているので、スミナを守るべくこの場に存在しているネルは隔絶したその力から余裕の表情を崩す事もないし態度に変化は無いのだが、霞狐は若干反応し、耳がピクリと動くと視線を暗部見習いのソルバルドに固定する。
露骨に警戒態勢をとられた事位は理解できるソルバルドだが、自らもレベル7を持っているのに鑑定された事に気が付かない状態で情報を抜かれた事もあって、緊張感から解放される事は無いままに余計な事は一切口にせず、スミナの出方を伺っている。
「申し訳ありません。余計な事まで伝えてしまったようですが、私は貴方の味方です。そこだけは間違いありませんので、ご安心頂ければと思います」
事実、自分を始末しようと思えば霞狐をけしかけるだけで、時間も一瞬で事足りるので敵対する事は無いと言っている事はかろうじて理解できるが、まだ油断させるための方便の可能性も捨てきれないと思っているソルバルドをよそに、スミナは話を急ぎ進める。
癒しを求めている一般人の対応もあるので、一人目にあまり時間をかけられない事実がある。
「核心をお伝えします。ダイマール公爵家のとある部隊から逃げている状態である事まで把握できております。つまり、敵の敵は味方と言う事で、貴方を癒した後にアズロン男爵家で保護させて頂ければと思いますが、如何でしょうか?」
「!?私の現状を理解しているのですか?」
有り得ない提案に、話し方が少々変わってしまっているソルバルド。
そもそも男爵家が公爵家の暗部、見習いとは言え相当な裏の所業を把握している存在を匿う事になるのであれば間違いなく大問題になり、公にはならないながらも裏からあの手この手で露骨に攻撃される事は避けられない。
そこを理解しているのか?と思わず確認してしまったソルバルドだが、問われたスミナは事も無げにこう言い切る。
「はい。私達はダイマール公爵を始めとした三大公爵家とは敵対関係ですよ?ですから、全く問題ありません」
ソルバルドは、自分が危惧していた内容を完全に理解した上での回答だとわかるのだが、低位貴族の男爵が高位貴族の、それも三大公爵と明確に敵対関係にあると認めた事に対して驚きつつ、確かに今迄仕えていたダイマール公爵家からは事あるたびにアズロン男爵関連の調査を依頼されていた事を思い出す。
当時は何故低位貴族に対してそれ程情報収集を行う必要があるのかと訝しんだのだが、目の前のスミナの口ぶりから、対等以上に渡り合える力と自信があるのだろうと思い至り一気に力が抜ける。
「では、ご了解いただけたと判断させて頂きますね」
力が抜けた事から、今まで痛みに耐えていた事を取り繕っていた状態から脱却してしまい、一気に脂汗が噴出してくる。
事実それだけの重傷であり、普通に話して、普通に動いている事が異常なのだ。
力なく椅子に座っているソルバルドの背後に回って優しく患部に手を近づけると……淡い光と共に火傷、火であぶる事によって強制的に出血を抑えていた傷が外傷と共に一気に消える。
「はい。治りました。では……あれ?今後はどうしましょうか?」
冷静に考えればこの狭い空間にソルバルドを留まらせるわけにはいかないし、かといって何も連絡無しにアズロン男爵邸に勝手に向かわせるわけにもいかず、今更ながらどうすれば良いのかわからなくなってオロオロするスミナ。
そんなスミナの様子を、本当に可愛らしい存在で自身の主であるジニアスに相応しい女性だと思いつつ見ているネルだが、何時までもこうしているわけにはいかないので再び手紙を見せる。
<アズロン様には私の方から連絡いたしますが、一人で向かわせては道中の危険を排除できません。スミナ様の業務が終了するまで、私の収納魔法による空間にいて頂く事も出来ますが?>
「あっ!そうですね。それって、真っ暗だったり、なにも無い空間だったりしませんか?」
即座に反応したスミナに対して優しく首を振るネルを見て、再びソルバルドに向き合うスミナ。
「あの、体は回復したと思いますが、道中一人で動かれては危険です。ですので、申し訳ありませんが私の仕事が終わるまで、こちらのネルさんの魔法によって隔離した空間にいて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
見習いとは言え暗部であり一般人には想像もできない程の厳しい修練を行っているので、この怪我は完全に治せるレベルを逸脱している事は分かっていたソルバルドだが、それを事も無げに一瞬で癒して見せたスミナの申し出を断る訳も無く、色々と事情が分からない事もあるのだが、黙って身を任せる。
ネルは軽く術を行使して睡眠状態にすると、瞬間にソルバルドを収納する。
「そっか。眠って頂ければ空間がどうであれ問題ないですね!」
実際には明るく、何となく自然豊な環境にいると錯覚する空間にした上で収納しているのだが、そこまでいちいち説明する事は無いネルは微笑むだけだ。
「ふ~、一人目から思わぬ難敵でした。気を引き締めましょう。次の方!」
その後は怪我、病の人々が続々と癒しを求めてきたのは想定内であり、レベル以上の力を行使する必要もなかったので何事も無く一日を終える。
教会側としては、自分達では対応できないレベルの人達をお願いしていたのに、その全てをしっかりと対応した挙句に一切休憩をとらなかった事に驚きつつも深い感謝の意を示し、癒された側の人々も想定していなかった程に完治した事で、無料である事を良い事に来ていた人物でさえ感謝の気持ちが溢れて教会に寄付を申し出ていた。
恐らくスミナの人柄もあるのだろうが、あまりにも純真に必死で癒しを行ってくれている若い人材を目の前にして少々後ろめたい気持ちでこの場に来ていた一部の冒険者達は、自らの行いを恥じたのかもしれないが、本当に一部は霞狐に恐れおののき、対価を払っただけだったりする。




