(111)リンの帰還
癒しの森にいると言っていたリンが相当距離のあるアズロン男爵邸に間もなく到着すると聞かされたマハームだが、驚きよりも喜びの感情に支配されており、一方の学園長チャリトや担任のロンドルは、ここまでくればリンを攫ってこの近くに匿っていたのではないかと言う疑惑が浮かぶ。
この疑惑を何とかこの場で証明できれば、卒業の証明である卵は孵化期間の関係でその物の返却は絶対に不可能だが、同等品を要求する事もできるし、そもそも卒業を認めない事になるので、ヒムロを始めとした公爵家に対しても平民ジニアスを卒業前に追い出した実績として報告し、更なる援助を得る事が出来ると考えている。
もちろん目の前のマハームもジニアスに対して相当恩を感じているように見える中で自作自演だと分かれば、自分達に対して深く謝罪するとともに援助の額もお詫びを含めて相当増えると確信している。
「ロンドル。どのように証明するか……わかっているか?何とか考えるんだ!」
「はい。学園長!」
互いに思っている事は同じなので全てを言わず共意思疎通が出来ており、必死に頭を回転させている。
「あ、来たようですね」
霞狐の声が聞こえたジニアスはこの場の全員にリンが戻ってきたと告げると、マハームは勢い良く立ち上がりこの部屋から出て行こうとするのだが……
「マハームさん、落ち着きましょう。直ぐに来ますから」
アズロン男爵にたしなめられ、慌てて服装を正して只管扉に視線を固定している。
―――コンコン―――
「旦那様、お探しの方が到着致しました」
執事ジョイナスの声がしてマハームの緊張は高まるが、チャリトとロンドルも未だに良い案が出ていない中で何故か緊張している。
「どうぞ」
アズロン男爵の一声で扉が開き、そこには執事ジョイナスが少々薄汚れているリンと、リンを保護し、癒し、そしてここまで高速で連れてきたネルがいた。
普通の男性ではネルの美貌に視線が向きがちだが、マハームは一切目もくれずにリンの元に向かって抱きしめて泣いており、リンもなにがなんだかわからないが助かった事だけは間違いないとわかるので抱きしめ返している。
「あ、あの女性も相当ではないですか?」
思わずロンドルが漏らした言葉だが、しっかりとこの場にいるジニアスの眷属であるブレイドと同格の気配を感じ取っている。
ロンドルは回復系統レベル5の力を持っている為に鑑定術を使えるので実行し、もちろん相当格上のブレイドやネルを鑑定する事はできないのだが、その結果も逆に遥か格上である事を証明してしまっている。
「それならば、そのあり得ない力が他に存在しない以上、仮説の証明になるはずだ」
チャリトも、ロンドルの言葉を聞いてそれ以外に証明する手立てがないと思い、マハームが少し落ち着くのを待ってジニアスを糾弾しようと企むのだが……この場には実際に攫われたリンがおり、そのリンが証言すればジニアス、そして関係者であるネルやブレイドが関知していない一件だと言う事が簡単に証明されてしまう。
「……で、実際にその存在、魔物ですか?あり得ない程の力を感じましたけれど、何故かブレイドさんとネルさんの名前を聞いて相当怯えていました。そう言えば!そうです!!ネルさんの名前を出した時に、まるで誰かに脅されているのかと錯覚するほど異常に震えていました!」
この言葉が全てを物語っており、どう考えてもこの場の二体の眷属がリンを攫う事には繋がらないので結局マハームの援助は全て打ち切られるのだが、同じくこの話を聞いていたネルは、今回の元凶が遥か昔に自分の手から逃れて逃亡している存在だと把握して一瞬獰猛な笑みを浮かべたのだが、その気配に気が付いたのはブレイドだけだった。
『ね、ネル、少し落ち着け。ジニアス様に影響はないが、他の方々に影響が出る可能性が高い!』
『そ、そうね。ありがとうブレイド。でも、今の話を聞くと絶対に私の大切なお花畑を荒らした一味の生き残りなのは間違いないわよね。フフフ、ついに尻尾を掴んだわよ。どう細切れにしてやろうかしら!』
『……!?だ、だから、落ち着くんだ、ネル!』
こんなやり取りを一瞬でしており、哀れブレイドは一人ネルの対策をしなくてはならず、少々怯えつつも必死で落ち着かせる事に全力を使っている。
一方のリンは全容がわかる訳も無いのだが知り得ている事は全てしっかりと説明し終わると、スミナの近くに向かって姿勢を正し、今までの行動に深く謝罪をしており、スミナはその謝罪を黙って聞くと、こう返事をした。
「リンちゃん。今迄本当に悲しかった。でも、当初は公爵家に逆らえないと言う気持ちもわからなくもなかったので我慢していたけど、その後も態度は酷くなるばかりだったよね?だから、もう前の関係には戻れないと思うんだ。でも、謝罪は受け取るよ。今迄ありがとうね!」
長く孤独……と言ってもジニアスがいたのでそう孤独感は感じていないが、自分の正義を貫いた結果親友とも言える存在からも手のひらを返された傷は思ったよりも深かったようで、関係が戻る事は無いと明言するスミナ。
「……そ、そうだよね。本当にごめんね。でも、何時か、本当に何時か、一緒に遊べるのを勝手に待っているね」
涙を流しながら謝罪を続けて、一応蟠りは無くなったので来訪者は全員帰って行く。
「あ、そうそう。学園長と担任のお二方、マハームさんと比べるのも恥ずかしい額ですが、私の方も援助は当然打ち切りますので、そのつもりで」
最後にアズロン男爵からの援助も明確に断られ、止めを刺されて帰って行く二人だ。




