(108)学園イベント(卒業旅行6)
マハームが肩を落として公爵家から出ている頃、漸くアズロン男爵邸に到着した担任の日和見ロンドルは、門の近くでしっかりとお座りをしている黒い服を着させられている霞狐を確認した。
「凄く……なんと言うのか、聞いていた通りにとても見え辛い魔獣なのですね」
どうでも良い感想を口にしているロンドルだが、明らかに自分が守護するこの邸宅に用事がある事は分かっている霞狐は首だけ屋敷の方向に動かすと一鳴きし、その声から来客、それも脅威ではない来客と判断している執事のジョイナスが出てくる。
護衛を伴っていないのは、門にこれ以上ない程の護衛が黒い服を着させられた状態でおり敷地内にも同種が複数いるからで、最近のアズロン男爵邸宅ではこの対応が標準だ。
流れる様にロンドルは邸宅内部に案内されて、やがて対面に当主であるアズロン男爵が着席する。
「で、今日はどうしました?スミナは家におりますし、ジニアス君もおりますよ。何か学園からの依頼でしょうか?」
正直色々と状況を知っているアズロンとしては目の前の担任であるロンドルを良く思っていないのだが、一応娘の担任である以上は大人の対応をしている。
因みに、本来アズロンを守るべき霞狐は門にいるので、代わりにピンクの服を着させられているフローラを主としている霞狐が護衛として存在している。
「そ、その……実は、スミナさんとジニアス君に用事がありまして」
「ふむ。今までの経験から察するに、用事ではなくお願い事なのではないですか?」
そのものズバリを当てて見せたアズロンは、ロンドルの態度の変化を見て思った通りだと感じつつ、不条理なお願いではない事を事前に確認する。
「先生。申し訳ないですが今までの経緯もあるので、事前に私がお願いをお伺いしますよ。妥当なお願いであれば二人を呼んできます」
こうまで言われてしまっては引けず、何故直接門の所でジニアスかスミナが来てくれなかったのかと恨み事を思いながらも、リンが攫われてしまった事を隠さずに告げる。
「え?学園の護衛は何をしているのですか?」
「その……学園の護衛ではなく、ダイマール公爵家が手配したレベル9の冒険者複数が護衛をしていたのですが、誰一人として気が付く事がなかったのです」
「そ、それ程の。とは言え、生徒の安全を確保する契約であればその後の調査も行っているのですよね?そこに第三者が加わっては、逆に現場が混乱するのではないですか?」
「いいえ、契約は……ヒムロ君や公爵家嫡男を護衛する事がメインの依頼で、できる範囲で生徒達もと言う契約なので、既に操作は打ち切られています」
ロンドルからの話を聞いて、あきれ果ててしまうアズロン男爵。
「では、そんな中途半端な契約の護衛を引き連れて遠征したのですか?学園長は知っているのですか?」
「は、はい。了承済みの元……そもそもレベル9の冒険者複数なので、片手間とは言え目的地からも安全は確保されたと思っておりました」
その結果が、継続して必要な救出・探索を一切行わない状況に陥っているのだが、アズロンは非常に悩む。
「恐らく、直接事情を伝えればジニアス君やスミナは動くでしょう。ですが、レベル9の冒険者に気取られずに人を攫う存在と対峙する可能性が高い依頼を、報酬もなしでお願いするなど有ってはならないのではないですか?」
「そ、それは……クラスメイトを助けると言う事で。攫われたのはスミナさんの友人のリンさんなのです」
ジニアスの話を嬉しそうにしてくれるようになったスミナは、母であるフローラが全快した時に憂いが無くなったとばかりに今までの学園で起こっている事実をすべて父であるアズロンに伝えており、その中には仲の良い友人だと思っていたリンの態度の変化も含まれていた。
「成程。情に訴える作戦ですか?今先生は友人と仰ったが、最近は互いに一言も話をせず、少し前まではスミナが話しかけても、それこそ挨拶さえも露骨に無視をしたと聞いていますが?そんな人物が友人?貴方はどこを見ているのですか?」
「そ、それは……」
事実ではあるが、まさかアズロン男爵からこの場でこのような事を言われるとは想定していなかったので、言葉に詰まるロンドル。
「子を持つ親として、子の失踪は耐えられないのは理解できますが、やはり事情を鑑みると正当な報酬がなければ動く事は出来ないですね」
なぁなぁにしてはいけない所だと判断したアズロン男爵は、優しいスミナが直接言われては無償で請け負ってしまうかもしれない可能性を危惧して、何かしらの痛みを目の前のロンドルやリンの関係者が負わない限りは請け負う事は無いと明言する。
同時に、アズロン男爵の心の変化を機敏に感じ取った護衛の霞狐も、本当に少しだけ厳しい視線をロンドルに向ける。
レベル9の隔絶した魔獣……ピンクの服を着させられてはいるが別格の存在から厳しい視線を受けたロンドルは、一瞬で何をどうして良いのか頭が恐怖で回らなくなり訳が分からなくなる。
見た目薄ぼんやりとしか見えないピンクの服を着ている魔獣が今の所完全に制御されている事や、実際にレベル9の魔獣など見た事がなかったので完全に舐めていたと言う事もあるのだろう。
「そう言う事です。さっ、時間は有限ですよ?何時攫われたのかは知りませんが、時間が経過するほど生存確率は下がります。早く学園長やリンさんのご両親と相談するべきではないですか?」
無情にも追い出されたロンドルを見送ったアズロンは、厳しい事を言いつつも完全に事後報告では色々と問題があるだろうと思い、ジニアスとスミナのいる部屋に出向いて事情だけは説明しておいた。




