主人公太郎
あの後、わちゃわちゃした後移動用の装甲車や銃器を武器庫やガレージに放り込んで東京都内に宝箱の補充に向かう。いくら武器や食料を追加してもゾンビはなかなか減らないし、のちのち何もしなかったことで削れるかもしれない精神の安定剤代わりだ。自己満足とも言う。何かできたんじゃないのか……とか、力を持つ者の義務……なんてウジウジするのは嫌いだからね。
アメリアちゃんにも住みやすい拠点として一応指示を出しているからあの女子集団と合流してくれるだろう。彼女もゾンビ共をザクザクブッコロして楽しんでいるようだしなによりだ。一応、拠点のリーダーとしてかすみちゃんが代表を張っているので合流予定のアメリアちゃんの事も伝えてある。その事でひと悶着あったがほったらかしにして逃走した。
「妙に……強くなってきているな。筋繊維の肥大。これは……――強化個体。リーダー格がのようなものが出来ているな。早すぎる」
ゾンビなど雑魚の群れ……と侮っては痛い眼を見そうだな。アメリアちゃんにはすぐさま撤退指示を出す。あいあい。返信早いですね。ゾンビ共がある意味社会性を獲得する可能性は予測していたが進化が早すぎる。これで人間のような高度な思考や戦略を考えれるようになったら……人類終わるな。今は数人程度の集団だが個体ごと進化の枝分かれが始まったらどうしようもなくなる。
集団の規律を保って軍事行動がとれている自衛隊用の装備の強化を考えなければいけないな。そこらの素人に武器を配って暴徒化されても困る。自衛隊は貴重な資源と捉えよう。
「さてさて、少し遠慮していた資源回収の速度を上げるとするか……ちょっと、いやかなり景観がおかしくなってしまうが人類の為と目を瞑ってもらうとしよう」
駆け抜ける駆け抜ける。両手の≪万能の鍵≫をフル稼働させ、家やアスファルト、ビルや車両など量子化して分解されていく。俺が通った後には草の一つも生えていない。あ、ヤバ。地面を抉り過ぎると水道管や下水道が露出して大変なことに……。地面は控えめにしておこうか……。数十年のローンで購入しただろう立派な邸宅や高級車も関係なく分解していく。
復興する事は……すぐにはできないだろうが涙を呑んでもらおう。高層ビルなどは上階から分解しないと効率が悪いので工業地帯を中心に資源を回収して行こう。特殊な薬剤や貴重金属が得られるので開発が渋る渋る。生体関係の薬剤の生成に必要な中間体も必要なんだよな。生成もできるがこうして加工されたものを回収すれば手間が省ける。
リアル人体改造の技術も超兵器と同等にあるから使いどころが難しい。ナノマシンによる人体細胞代替など有用な技術が沢山ある。もちろん医療系技術や装甲の強化再生技術も付随しているナノマテリアル・ナノマシン技術は進んで研究している所だ。
「――っと。そりゃこんだけ大きな音をたてれば群がって来るよな」
ナマモノも分解吸収ができるが固定された物質と違って僅かに時間が掛かる為効率が悪い、資源回収の時間をロスさせたくないために擦り抜けつつゾンビの首を展開したヒートブレードで切り飛ばしていく。
「この焦げ臭いにおいは慣れない――なッ!」
H.P.A.Sの技術。超重力下で極小結晶化した人工筋繊維を俺の身体の筋繊維と置き換えている。初期スペックから飛躍的に膂力、剛柔ともに飛躍的に向上させている。今ならパンチ一発で装甲車なら吹っ飛ばせるかもしれないな。
エクシアさんも自己強化する事は推奨しているらしい。出なければ心臓部の縮退炉の封印を解除できないし、まだまだ強化率は目標の一パーセントにも満たないらしい……。まじかよ……。異文明の技術しゅんごぃ……。どうせまた筋繊維など総とっかえするから今だけ全能感を楽しんでおけって? ドヤ顔で力振り回してすんませんっした……。俺は雑魚です……。
その時四方からゾンビが飛び掛かって来る。
「っち! 少し賢くなったから調子に乗りたがッてぇ!!」
動かし続けている足を一瞬だけ地面を踏み締める。メキリとアスファルトが沈み込み、行き場のなくなった加速エネルギーをそのまま利用し回転――ヒートブレードでゾンビの胴体を輪切りにした。
――秘儀【回転切り】ってか?
しかし、勢いあまって余計に回転してしまう。どうやら強化した膂力に振り回されてしまったようだ。――修正、修正。近接戦闘プログラムを更新しなきゃな。エクシアさんにざぁ~こ、ざぁ~こ、と罵られてしまう。
突き系の刀術はゾンビに有効ではないので首を切りとなすか脳を破壊するようにしている。首を切り落としても生存している可能性が高くなってきたからな。今までは機能停止していたが噛みついて来たりしたからな。う~ん、打撃系の武装で頭部を破壊できるようなものを製造した方が良いかもしれない。
ゾンビの顔面を縦に切り裂きながら思考する。人類には驚異的だが今の所流れ作業と戦闘プログラムの更新の方が大切だ。H.P.M.Sに組み込む戦闘プログラムにも流用できるのでゾンビ殲滅と共に並行作業を行っていく。
アニメや漫画ではトントン拍子で脅威の排除を行っている様を鑑賞して楽しんではいたが、いざ東京都の人口とゾンビへの感染者を大まかに計算すると……キリが無い。光学兵器をバカバカ撃って戦略兵器を使用すれば何とかなる……程度なのでこれが世界単位になるとどう考えても俺個人でどうにかできる状況じゃないな。
一千数百万……都人口の半分がゾンビ化すれば七百万体以上の個体が存在する。こうして小一時間ほど殲滅して行っても精々数百体。最低でも一万回以上同じ事を繰り返さなければゾンビを駆逐する事が出来ない。――やってられるか。東京都だけでだぞ? 日本にいくつの都市や街があると思っているんだ。
今もなお増加、進化していっているんだぞ? さっさと適切に使用してくれる連中にそこそこの武装を渡した方が早い。俺はロボットの設計や素敵なぴっちぴちのスーツの製作に街づくりシミュレーションがしたいんだ。
ゾンビウイルスに対抗する為のワクチンだってまだできていないのだ。常に進化し続けるウイルスに打ち勝つには元々の細胞を強化、抗体の生成するしかない。強くする基準が高すぎる為ある意味人間を辞めることになるんだがな。
◇
そこそこの資源回収率に満足しながら拠点へ撤収――いや、なんで昨日作った拠点が思い浮かぶんだ? なんだかんだ帰属意識が湧いたのか? 少し、いや多少の愛着が湧いているのかもしれないな。
「きゃああああああ――
すぐさま【思考加速】索敵センサーをフルに。状況把握。少女がゾンビにのしかかられている。手にはライトコイルガン。恐らく迎撃が間に合わなかったのだろう。銃撃――間に合わない。斬撃――すでに首筋に噛みつこうとしているから首を落としても駄目だ。作り置きして置いた鋼鉄の槍で頭部を弾き飛ばす、か。
コンマ以下の世界の中で最適の投擲態勢を取りつつ右の掌の中には鋼鉄の槍を次元保管庫より取り出す。振り返りざまにはすでに投擲態勢が整っていた。い――けぇっ!!
――ヒュゴッ。
音速超え多少衝撃波が発生してしまったがゾンビの頭部を破砕しビルのコンクリート壁に鋼鉄の槍がめり込んだ。爆散した脳漿が少女に降り注いだが血液を口に含んでいなければ……大丈夫だろう。
ああぁぁああぁあっ! ………………えっ? ふぇっ!? うえ゛ぇぇええぇ……きちゃない……」
リミットを超えた膂力と踏み込みにアスファルトが放射状に罅割れている。稼働限界を超えた動作に筋繊維が少々破断しているようだ。ボディーのステータスチェック――少々、修復が必要だな。
仲間であろう他の少女達と少年一人がゾンビに襲われていた少女に駆け寄る。四人組でゾンビ共と戦闘を繰り返しながら移動していたのだろう。助けた少女が少年に甘えるように抱き着いた。その様子を見ている少女が嫉妬深く睨みつけていた。――これは……ハーレム野郎だな。ハーレム野郎なんだなッ!? 畜生。主人公太郎めっ!
人外の攻撃をした俺に恐る恐る近づいて来る主人公太郎。
「あ、あの。あなたが助けてくれた……んですよね? ありがとうございます」
「…………ああ。間に合って良かったよ」
おそらく嫉妬でしかめっ面しているであろう俺に感謝の言葉を掛けて来る好青年。爽やかイケメン高身長……ケッ!
「僕の名前は芦屋幸太郎です……あの、一緒に避難しませんか? ああ、彼女達は、あずさに、ひびき、サーシャです。大切な――大切な友達なんです」
幼馴染系茶髪ヘアーにツンデレ暴力ぺったん娘、ロリっ子パツキン……そして、彼女達を友達と豪語する鈍感系主人公。――死ねぇっ!! 貴様らなんぞA子にB子にC子と主人公太郎の名称で十分じゃけえ……。
なに、拳を握りしめて決意を固めてんだよッ! そんな葛藤など知った事か! きっと、これから暴徒化した人間との戦闘に葛藤を抱きながら色んな試練を共に乗り越えていく展開だろぉぉぉおおん? カーッ、ペッ! そんでもってどこかのビルで夜営をしている時にどれかのヒロインが抜け駆けして、イチャイチャチュッチュッして同時に童貞と処女を一緒に卒業して……ああああああっクソッ!! 何処の量産型エロゲ―展開だっ!!
「――主人公太郎死ね(あ、結構です)」
やべっ、本音が出たわ。
「ちょっとっ! 幸太郎が親切にお願いしているんだからおっさんは黙ってついてくればいいのよ!!」
「あの……一人じゃ危ないし一緒に行動した方が……(肉壁になれよおっさん)」
「サーシャは皆と一緒が良いと思うのデース。頼りになる大人の人は大好きなのデス!!」
ああ、パツキンロリっ子の純な瞳だけが救いかもしれない。だが断る。俺はNOと言える日本人なのだ。ッチ、こいつらうっせーな。
「ほらよ。槍と簡易グローブとレガースだ。リュックには保存食が入っている。それとこれは現在確認できている避難所にマーカーをした地図だ。とっとと行け」
ポイポイと人数分の装備を地面に置いて行く。こいつらの青春に付き合ってられない。嫉妬の炎に狂ってしまいそうだ。
「――えっ。そんな……どこから……」
「あー、そういうものと思ってくれ。説明がめんどくさい。――じゃ」
撤収。まぁ、運命力と主人公の覚醒パワーがあれば生き残れるだろう。現実はそんな甘くはないがな。それにしてもちゃっかり宝箱からライトコイルガン等のアイテムを回収できているとは運がいいんだなあいつら。これぞ運命力。
お? 撤収しているアメリアちゃんを発見。ちゃんと指示に従って移動をしていたようだ。ついでに拾って帰ろうかな。
トットットッ。カッコつけてビルの壁面を使って三段跳び。アメリアちゃんの前方に着地する。彼女の方もさ索敵センサーで俺の事を把握していたようだ。彼女のUIには友軍のマーカーの反応を相互に把握できているからな。
「よっす。大分やんちゃしていたようだな。スーツの消耗度に戦闘データの収集量に凄い事になっているぞ?」
「んっ……お迎えご苦労。……出稼ぎに出ている嫁を迎えに来るのは旦那様の義務……。そして、私は嬉しい……感謝」
ひっしと腰に抱き着いて来る。スーツの力加減を間違えているのかミシミシいっているぞ……。頭に手を置くとポンポンと軽く叩き「移動するぞ」と指示を出す。
「ん。夫婦の新居用意できた?」
「あほぅ。女塗れのへんな防衛拠点だ。同じ年齢そうばかりだから……まあ、仲良くできるだろう。多分」
ゴールドピンクのショートヘアーをふわりと振るとの構えていたブレードを納刀する。ぴょこりとジャンプし俺の背にしがみ付くと――
「……出発」
どうやら人力タクシー代わりらしい。まだまだ甘えたい年頃らしいな。まあ、一人でゾンビ殲滅や救助活動を行っていたんだ。労わってあげるとしよう。
拠点に向けて歩を進める。やや高い体温とスーツ越しのおっきな乳がぐにゅりと柔らかな感触が伝わって来る。こいつ――わざとぐりぐり押し付けてやがる……。まぁ、嬉しいんだけどね。
気持ちのいい感触を感じながら移動する。そして、背に担いだ彼女の姿を見て憤慨しだす拠点の女どもと会合するまで数十分。