月の裏側
エインヘリアルの着艦位置にガイドビーコンが点灯する。ゆっくりとスラスターを吹かしながら位置を調整する。無事着艦すると格納庫内へと歩を進める。後で機体の調整を行う為に取り敢えずは出したままだ。
格納庫内には緊急事態の時に迎撃できるように訓練で上位陣から選ばれたパイロットがA.A.Sに搭乗して待機しているようだ。今はコクピットブロックを開いてこちらに飛び掛かろうとしているドックに機体を駐機させると固定の為のマニピュレーターが動いて機体にロックがかかる。ブリッジが前面にやって来ると漸くコクピットブロックを開閉し機体を降りた。
重力制御が効いていないのでふわりと抱き着きに来てくれるかと思いきや――顔面にパンチと背後から蹴りを喰らい、胴体に肘打ちをめり込まされた。
「「「浮気者ッ……」」」
心当たりがあり過ぎた。
葉隠みつこと、くんずほぐれつのアレな情報が出回っているらしいが……エクシアさぁん……。だが、制裁を受けた後に三方から抱き締められた。現在、空気を充填している最中の為にヘルメットを脱ぐことが出来ないのでキスの一つも出来ないがどうやら帰還を祝ってくれているらしい。
ソロでの大気圏突破は心配したそうだ。なんだかその気持ちがありがたいな……。
この精鋭パイロット三人娘は、羽田みどり、加賀しらゆき、赤城あおば。
図書委員であるみどりちゃんは大人しい子で片側の目を髪の毛で覆う所謂メカクレ娘。控えめな体形でよく新しい小説を強請ってきたりしている。“アレ”の時は独占欲が強く引っ付いたまま離れてくれない場合が多い。動かないまま繋がっていると命を感じる……とか。
しらゆきちゃんは競輪選手を目指していたらしく筋肉がギッシリと内包されているむっちりとした程よい太ももがとても色気を醸し出している。胸部装甲は薄いが日に焼けた褐色肌で短めのショートカットだ。切れ長の目がきつい印象を思わせるが性格は快活でリーダーシップを取れるタイプ。パイロット適正がかなり高く競輪選手を目指している事と関係があるのか分からないが模擬戦の撃墜スコアは群を抜いて一番高い。ちなみに模擬戦という名のベット権争奪戦では優勝常連者で実は一番肌を重ね合わせていたりする。ちなみに相性は凄く……良い。
最後にあおばちゃん。この子はロボ研に所属していた事があり将来ロボ系の制御システムのエンジニアを目指しておりA.A.Sの兵装の改善案や駆動系のシステム構築を勉強している。ゆくゆくは自身の手で新型のロボットを開発すると意気込んでおり様々な設計図を描いてちょこちょこスケールダウンしたロボットを開発していたりする。部屋の中はガラクタというか、金属パーツの山でいつもオイルや金属粉で汚れている。眼鏡を掛けてサイドテールな彼女だが実は伊達メガネ。よく“アレ”を味わって飲んでいるが“なんか癖になる味”だそうな。
おっと、格納庫の環境モードがグリーン表示に変わる。分かりやすいように照明が強めの明かりに切り替わった。すぐさまヘルメットのバイザーを後ろの収納させる。すると我先にと独占欲の強いみどりちゃんが俺の舌を絡めとり血が軽く出るまでギリギリと舌を噛んできた。
これも愛情表現の一つと受け入れで敢えて舌を自分で噛み切る。流れ出る血液を注ぎ込み暴れ始めた。だが、逃がさない。後頭部をガシリと掴むと引き込んで呼吸が薄くなって思考をぼやけさせた。――満足して大人しくなったようだ……。ここまでしないと嫉妬が激しいんだよな……。ヴァルキュリアスのメンバーではそんなことは無いんだがかおるこちゃんに対してだけ当たりが強いんだよな。
次は軽いキスをして軽く俺の頬を撫でるしらゆきちゃんは、分かってますよ的な雰囲気を出しており。浮気? 私は何も気にしていませんよ? と、澄ました顔をしているが恐らく今夜にでも孕ませ懇願が酷くなるであろう。なぜか「あ、できた」と行為中に言う時があり実際に的中率百パーセントだ。
あおばちゃんはチュッと軽く挨拶をするとすぐさま俺のA.A.Sへデータ抽出に行った。大気圏突破のアダマス合金装甲の摩耗と推進関連のシステムチェックを行うのだろう。ロボットにしか興味なさそうに思われがちだが部屋で二人っきりの時にはベタベタに甘えてきており「ジンちゃん」と、あだ名で呼ばれている。良いママになりそうな雰囲気をしている。
腰砕けになったみどりちゃんを抱えながらしらゆきちゃんを背中にくっつけブリッジに向かう。カシュっと圧搾音と共にドアがスライドする。くぐるとそこにブリッジクルーが集合しており一安心したような表情をしていた。
「ただいま」
「「「おかえり――浮気者……」」」
「埋め合わせは……するさ」
二十四時間耐久の戦いが今――始まって欲しくないな。この航宙艦の艦長は宮園かすみちゃん。元生徒会長というリーダーシップに全ての分野をそつなくこなす万能性を鑑みて艦長に任命。副艦長兼操舵士は黛かおるこ、クルーの命を預かる責任ある立場として元教師のかおるこちゃんが選ばれた。
その艦長と副艦長だけは固定された人員だが、火器管制、通信士、艦内コントロール、纏めてオペレーター職としてクルーで仕事を持ち回り経験を積んでいる状態だ。
航宙艦操縦シミュレーターで半月ぐらいの訓練で高校生ぐらいの年齢の子が慣熟できるわけじゃない。エクシアさんとネメシスさんのフォローがあっての操縦だ。まぁ、それは追々慣れていけばいい事だ。こうして宇宙に上がった今、追撃の可能性は限りなく少なくなった。大気圏外へ届くミサイルを撃たれる可能性が無いわけではないので月への航行を行う。
「さて、計画していた自律機動型人工衛星のネットワーク構築の為に低軌道と静止軌道に設置する作業に移ってくれ。落ち着いてエクシアさんとネメシスさんの指示に従ってくれ」
元々計画していた独自の人工衛星の設置計画。ネットワークのハッキングだけでは情報に偏りが出てきてしまう。人類のコンピュータプログラムやファイヤーウォールを突破する事などエクシアさんとネメシスさんに掛かれば朝飯前だ。
それに人工衛星にはレールキャノンと追尾型ミサイルランチャーも装備している。レールキャノンの弾丸……というよりパイルのような金属杭は無くなってしまえば終わりだができるだけ弾倉にたっぷりと装填している。
ジェネレーターに核融合炉、サブに太陽光パネルと高性能のバッテリーと二系統の電源を確保しているのでそうそう停止する事は無い。それに人工衛星は一機だけではない。五十機程低軌道周回と静止軌道に配置する予定だ。
それとステルス機能とジャミング装置も組み込んであるので多少は見つかりにくいだろう。自律AIには周回軌道上にある人工衛星は発見次第“破壊”するように指示を出している。
もちろん、ナビゲーションや通信機能、広域のレーダー等、人工衛星があることにより恩恵を受ける事も多いが……。監視衛星で付け狙われ、ミサイルをガンガンぶち込まれた経験から衛星軌道上の掌握を少しずつ進める事にした。
まぁ、報復の意図も多分に含まれているな。ミサイル撃ち込むならゾンビを殲滅しろよとは思う。
やっていることがまんま世界征服を企む悪の組織みたいだな……。
◇
航宙艦エインヘリアルは全長二百メートル。簡単に言うと子供の頃運動場のトラックで走っていたがあれくらいのサイズだ。胴体は中心から先端と後方に行くほどシャープになっていく六角柱で、胴回りには四か所程盾のような構造のイデアフィールド発生装置が存在している。レールキャノンやオプティマスキャノンなどの射撃兵装も基本として据え付けられている。船体後部には格納庫のハッチがあり出撃する際や物資の搬入口もまとめている。
そういえば、彼女達に大型の殲滅兵器を強請られたりしているが……まだ、開発できていない。研究、開発、製造の速度が追いついていないのだ。まぁ、膨大な知識を得て一月しか経っていないことを考えれば……俺、頑張った方だよね?
「エクシアさん宇宙空間内での彼女達の身体への影響はどうだ?」
艦内の自室でモニターで宇宙空間で活動する際に得られる彼女達の身体データを解析している。
『現状は異常は在りませんが船外活動や月面基地建設際の宇宙線の影響は少なからず存在します。長期滞在……居住を計画している以上、早期の身体強化措置を行う必要があるかと』
「引き続き記憶霊子――霊基とナノマテリアルの基礎技術の研究開発を急ごう。俺の身体をバラして材料にしてでも彼女達を守るぞ」
『……ふふ。随分と過保護になったものですね。――実はゾンビウイルスを研究解析している内に発見した進化、環境適応の因子プログラム。培養した体細胞に適合しました。現在経過観察中ですが異常は見られません』
「あれか? 本当に大丈夫なのか……?」
ゾンビ共を見ていればとても凶悪過ぎて使用できないと思っていたのだが……。
『安全性を確認できればいいのですよ? 生物兵器など暴走する制御できない害悪をただ安全圏からばら撒いているだけの未熟な技術です。機巧の神に使命を受けた高性能情報生命体なわ・た・しならそんなへまはしませんとも。舐めていると……殺しますよ?』
「はい――すんません……」
『折をみて彼女達に説明を行い投与を行います。私にとっても可愛い子達。死なせるわけにはいきませんから』
「そうか……ありがとう」
進化環境適応の因子か。俺の身体には……適応できるのか? 大部分の筋繊維を換装したり、霊子の制御コアを溶け込ませたりしているが……。細胞といっても疑似的に再現している臓器が多いからな。ナノマシンなのかどうか判断できない程、使用されている技術が高度過ぎて訳の分からない金属生命体規格のボディいだからな。心臓部の縮退炉の封印も解けていないし。
でも、あの異文明の知識の中でもベストに近い技術? を選択して俺の身体を改造したと……信じたい。生身の部分なんて脳髄の何割かと生殖関係……いや、もしかしたら改造されているかもしれないが……量的な……うん。
『――間もなく月の裏側につっくよぉ~ん。艦内モニターに映像を映すからみってねぇ~』
オペレーターを担当している娘の声が艦内放送で流れて来る。この子は……何かと気を使って奉仕をしてくれるいい子――だが、俺を堕落させてくる恐ろしい子だったな……うん……動くことも、食べる事も……お世話されるという甘い蜜は毒になりかねないな……うん。神薙なぎこ……恐ろしい子だ。ちなみにみんなからは【なぎなぎ】とあだ名を付けられている。セミロングの髪型に、前髪に白いメッシュを入れた隠れ巨乳だが……舌が恐ろしく長い。技巧派で翻弄されてしまう……。コホン……。
そして、モニターが表示されると月の裏側が映し出された。表側よりクレーターが多く、デコボコした地表。着陸地点はクレーターが多く資源の確保しやすい場所を選出している。
『――着陸態勢に入るよぉ~ちょぉ~っと、揺れるかもしれないので気を付けてね~パイロットスーツは着用厳守。バイザーをしっかり降ろしていてね?』
しばらくすると地表が近づいて行く。着陸のシークエンスをオペレーターが復唱しているのが聞こえて来る。艦長職も大変そうだな。
ガゴンッ。艦内が大きく揺れる。操舵士の着陸訓練をかねてコントロールをかおるこちゃんに全て任せているな……。この艦が多少破損しても修復できるから大丈夫だろう。
『着陸完了~新天地に降り立ちたい気持ちも分かるけど宇宙線が降り注いでいるから船外調査と拠点確保まで降りれないから気を付けてね? ジンベエちゃんがかな~り私達の事心配しているからちゃんと言う事聞いてね~? ――聞けよ? 本当に――返事は?』
『『『あいまむ……』』』
甘やかすという事は厳しく躾ける事も出来るという事……。言葉に込められる圧力に抗えない何かを感じるんだよ……なぎなぎ……。
さて、A.A.Sに搭乗して拠点を確保した後、資源採掘、研究開発と大忙しだな。