嵐のような子
今日の授業がすべて終わり机に入っている教科書やノート、筆箱すべてをカバンの中に入れる。そして最後にカバンの蓋をして立ち上がる。
「またな佐久間―!」
「またなー」
教室に残ってベラベラ喋るクラスメイトたちに別れの挨拶をし、教室から廊下へと出る。廊下は賑やかで部活に行く人やこれからどこか行く人で賑やかだ。
*
歩いて店が見えるくらいの距離まで来た。そしたらその真っ直ぐな道で小柄な小学二年生くらいの子が道に迷っているようだった。さっきから手元をみたり、周りをチョロチョロ繰り返し見ている。これはバイト先に遅れちゃうな。小走りでその子の元へ行く。
「ねぇ大丈夫?」
その子が振り向き茶色いセミロングの紙が揺れる。
その子は普通の目ではなく黄緑色のボタンの目で僕のことを見ている。あ、普通の小学生じゃない。高性能のカラクリ人形かそれともファントムか。でも、顔にはボタンの目から溢れる涙とダイヤのマーク。
「お兄さん私のこと見えるんですか?ならこの店の場所教えてください!」
少女の正体はファントムだった。だと言え、声をかけてしまったし涙目の子を置いていくのも罪悪感がある。中腰になって手に持っている手書きの地図を見る。
「えっと、地図のどこに行きたいのかな。」
「ここの店です。」
ズボンのポケットからスマホを取り出し、僕でもわかる近所のピアノ教室を頼りに探してみる。どうやらこの子が探している店はここの通りぽい。でも、ここらへんに店なんてこれから行くバイト先ぐらいだしな。
「もしかしてだけど紺色のヴェール被った人の店に行きたいの?」
「そうです…。」
「それだったらちょうど行くところだから一緒に行こうか。」
「そうなんですか!ありがとうございます。お兄さん。」
半分泣きながら微笑んで言ってくれた。一応、離れないようにカバンを左手に持ち替えて手を握り、一緒にあと二十メートルの道を歩く。
「そういえばお兄さんはなんであの店に行く用事があるんですか?」
残り数メートルのところで突然そう聞かれる。
「昨日からここでバイトしてくださいって言われたから。それだけだよ」
「へぇ、じゃあお兄さんは将来レジ打ち職人さんですね」
「いや、この道のプロ目指してないから…。」
やっと店につき、つないでいた手をほどいてドアを開けるとカランカラン鈴が鳴った。先に店へ入ってもらい自分も後から入る。そしてカウンターのほうを見ると既にオーナーが本を読んで待っていた。
「佐久守クンにダイヤいらっしゃい。」
「こんにちは」
そういいながら会釈をした。
どうやらあの子はダイヤという名前らしく、オーナーの所に小走りで駆け寄っていくと慣れたように抱っこされている。
「お久しぶりです!ご主人さまが作ったファストトラベル機はちゃんと使えましたか?」
「ええ、ちゃんと使えたみたいですし大丈夫ですよ。」
『使えたみたいですよ』の言葉に引っかかる。もしかしてと思い昨日無理やり持たされたのを学生かばんから出す。
「もしかして…。というかコレですよね。」
「そうです!この子のご主人に試してほしいと依頼されたんですよ。依頼料プラス五万円と一緒に…。」
「え…」
よく分からないプラス五万円に固まる。オーナーを見ると右を見て目を合わせないようにしているような感じだ。余計に持っていたくないような気がして中腰になりダイヤに手渡す。
「まあ、良かったじゃないですか!ありがとうございます。」
「良かったけど…いや、よくねぇーよ!もし失敗していたらどうなっていたんですか。」
「あ、それは私も聞きたいです。」
ダイヤは僕とオーナーの顔を繰り返し見て天真爛漫な顔で笑う。その表情で何かヤバイ事になったかもと分かり、思わずオーナーと顔を見合う。アハハ…つまり、失敗していればこの世になる。マジで良かったと人生で一番思った。
「本当に僕ら生きていて良かったですね…。」
「ええ、本当。久しぶりに心臓がキュっとなりましたよ。」
ダイヤが何か思い出したようで手を合わせる。
「あ!ご主人さまが待っているのでもう、帰りますね。」
カチ…カチ…。音を立てながら機械のアルファベット部分を回す。
「また来ますねー!」
ダイヤがそれだけ言い、オーナーの腕の中からいきなり飛び降りた。ビックリするとファストトラベル機のボタンを押し、店内が強い光に包まれる。目を閉じて開けると跡形も無く、いなくなっていた。
「そうだ。佐久守クン、ダイヤは一応ああ見えてカラクリだから空気が読めないんです。次、また来た時も頑張ってくださいね。」
「カラクリだったんですか!てっきりファントムかと思いました。」
「私も最初は同じファントムかと思っていましたし無理はないです。」
客もいないということで、オーナーに続いてカウンター奥のドアに入らせてもらう。
扉の向こうはリビングで壁掛けテレビに時代遅れな黒電話。意外と電化製品が置かれている。それと一緒に目に入ったのはすごく高そうなソファーと椅子。しかも、ガラスケースにはこれまた高そうな置物…。絶対に壊さない、そう心に決める。
「さて、次のお客さんが来るまで暇ですし…ガーデニング手伝ってください。あ、荷物はソファーへ」
夕暮れ時、風がつよく吹く寒い冬の中でガーデニングを手伝うことになった。
荷物を高そうなソファーへ置き、観音開きのドアから一歩前へと外に出る。裏庭は緑がいっぱいで木や花がオレンジ色の光で照らされている。素敵な庭だ。
「今、手伝いまーす!」
小走りでオーナーの元へ行く。
ねじり鎌を貰い、オーナーと一緒に雑談しながら雑草を取る。