10月・大切だから大事:10
「美希さん」
麻琴が正面から歩いて来ていた女生徒に目を止める。
「あら、麻琴ちゃん。展示見てくれた?ごめんね、ちょうど交代してて、今からなのよ私」
穏やかな雰囲気を纏う女生徒はにこやかに話しかけてきた。
[美希]?……前に麻琴が[公平の彼女]だと話していた事を微かに思い出す。
[へのへのもへじ]な顔の女生徒だが、どことなく[母]に似た感じがする。
「後夜祭、6時よね?忘れないように手に書いたから、大丈夫よ」
「美希さん……消えかけてるよ」
見せ開かす手に滲んだ文字を見て、麻琴が突っ込む。
年上であろう美希さんは「あらあら」とその文字をさらに擦って消してしまった。
ボケだ……この人。
大丈夫か?などと思って見ていると、公平が歩きだし、美希さんの側を通り過ぎる。
「こんにちは──元気?」
話しかけた元彼女に、公平は僅かに顔を緩めて「ああ、元気」とだけ答え、そのまま歩き続けた。
俺は不可思議に思いながらその後を追い、麻琴は「後で」と軽く挨拶をしてついてきた。
「何なのよ、あの態度は?」
1-2の教室で麻琴は公平に不満を漏らした。
公平は素知らぬ振りをし、麻琴に視線を流す……なんだ?なんだか不穏な空気が漂い始めた。
「何が?」
「あんたらしくないじゃない。他の元彼女にはヘラヘラするクセに。知ってる?美希さん、9月半ばまで学校休んでたの。だからイベント単位とらなきゃなんないんだって……私と一緒に参加してくれるの」
麻琴は少しイラつきながら話しを続けた。
俺達は午後は自由行動だから、教室に作った裏方スペースで予定通りに休んでいた。
「何で休んでたんだ?」
俺の素朴な疑問に麻琴は大きく息を吐いた。
遮光カーテンの向こう側から夜店ごっこを楽しんでいる声と、後一時間で終了という呼び込みの声が響いてくる。