10月・大切だから大事:4
正確には呼び出されたのではなく、男子トイレの前で捕まった。
文化祭を明日に控え、1日掛けてその準備となったこの日、トイレから出ていくと「は、間くん!」と上擦った声で呼び止められた。
「あ、あの、……あの、」
「頑張って!」
「ほら、理子!」
「頑張れ!」
ボブショートの[へのへのもへじ]を囲んで[へのへのもへじ]が3人……集団で現れた。
どっかで見た[へのへの──]
「あにょ!よかっちたらゃ、わた、わたち…………わたしゅ……と後夜しゃいに……い、いて……くだしゃぃ……」
かみかみだな。
廊下を行き交う生徒がニヤついた顔を向けてくる……恥ずかしい。
こういう場面はこの数日校内の至るところで見られたが、自分に起こるとめちゃめちゃ恥ずかしい。
ガタガタと震える体を硬直させて踏ん張るように直立不動で、必死さが伝わる……てか、どんだけ俺が怖いんだ?
そんなに怖い顔してるかな?
ちょっと沈みそうだが、可哀想になってきた。
「いいよ。俺イベント単位欲しいし、相手決めてないから俺でよけれ……」
「やったー!!」
「理子、やったね!」
「良かったねー、理子!」
俺の声は3人の[へのへの……]に掻き消される……女子って溜まると騒がしいな。
こっちがビックリして腰が引けてしまう。
[理子]と呼ばれるボブショートの[へのへの──]は3人に揺すられるまま、[への]を滲ませていた。
「もしかして、あんた[笠井理子]?」
場の空気も読まず、聞き覚えのある名前につい呼び捨てて声が出る。
跳ねていた女子達は驚いて俺を直視(へのへのが、な)して止まり、静かになった。
「……は、い」
「ああ、そうか……じゃ、[笠井]さん、後夜祭で」
俺は漠然と〈この子か〉と思いつつ、人目から逃れるようにトイレの前から離れた。