9月・真実と事実:8
今、母はいくつかの仕事を単調にこなしている。
紙のイラストを何枚も描き、城崎が10日ごとに取りに来る。
「よぉ、元気?」
俺に爽やかな顔を向け、あの日以来[父親]について尋ねない俺を気遣うでもない。
仕事の話しだけをして、一時間と居ることもない。
もちろん、俺は母に聞いてもいない。
聞こうとは、思った。
喉元まで[問い]は駆け昇ったりもする。
だけど何故か[問い]は吐き出せないでいる。
『誰も好きになれないんだ……』
それは、[父親]を想っているから?
柔らかく哀しげな声が頭の中を巡る。
想っているなら何故別れたんだろう。
母を占める[父親]って……考え出すと益々[問い]は吐き出せず、俺は堂々巡りをする。
〈今度いつ来るんだっけな、アイツ〉
また、城崎を頼りたくなる。
「……留衣」
食事の後片付けを済ませていると公平がコソコソと声を掛けてきた。
顔を向けるとカウンター越しに麻琴の鞄と増えた荷物を手にしている。
寝息をたてる側から失敬したようだ。
「……やっぱりな、濡れてんぞ」
制止する間もなく、公平は増えた荷物を開き、中身を取り出して見せた。
それを眺めていると少しずつムカついてくる。
「麻琴のヤツ……絶対アノ時からやられてたんだろうぜ。誰だか突き止めてやる!」
公平も腹が立っているのか、目を吊り上げて
濡れた制服を握り締めた。
[アノ時]とは、きっと階段から落ちた時のことだと直ぐに判った。
くしゃりと音をたてたビニールに入れてあるそれは、袋の中に汗を作り、いくらか多くの水分を含んでいると思えた。
「なんで麻琴なんだろうな?」
「判んねぇけど……よし、俺に任せとけ留衣」
ついて出た疑問に、公平は少し考えてから名案が浮かんだのか、制服をもとに戻し、「じゃ、今日はこれで帰るわ、夕飯に来れるかどうか判んないから、連絡する!」と慌ただしく帰って行った。