5月・麻琴の事情:1
休みとは学校のない日。
俺にはそういう感じでしかない[休み]は家事を優先、いや、母の世話を優先させられる日だ。
「ねぇ、これ誰?留衣と芽衣さんと一緒に写ってる人」
G.Wという連休の初日から、俺は家中の掃除をしていた。
前もって何処から始めて終わらせるのか寝ながら考え、休日の食事のメニューを適当に並べてどの日にどの料理を出すか思案もして……主夫のごとく順調に過ごし始めていた。
「どれ?……ってか、勝手に見んな!」
雑巾を片手に開いたままのドアから自分の部屋に顔を出し、デスクに並べてある写真を覗き込み突っついている麻琴から写真を奪うと、麻琴は不機嫌そうな顔をして睨んできた。
「母の親友の北条雅さん……結婚して、名字変わったけど」
「ふーん……」
ため息を吐きつつ答えてやると今度は興味のない素振りで携帯端末をいじりはじめた。
相手をしてやる気もないので掃除に戻る。
「あと一時間くらいかな……急ごう」
リビングダイニングの床を拭いていると部屋に1人でいることに飽きたのか、麻琴はリビングのソファーにやって来て膝を抱えた。
「ねぇ芽衣さんは何時帰って来るの?」
「……出版社で打ち合わせして、大事な用事を済ませてからだよ。これ三時間前にも言った……公平も彼女とデートでいねぇし、母がいなくちゃここに居てもつまんないだろ、帰れば?」
前日、母は出掛ける用事があると告げると公平は珍しく朝から来ないでいる。
それでも麻琴は朝からやって来て、母と朝食を済ませてからずっと居着いていた。
「俺、買い出しに行かなきゃなんないから、麻琴、もう帰れよ」
再び帰宅を促すと麻琴はぶぅたれた顔で膝を抱えなおした。
雑巾を片付けて買い出しのために冷蔵庫の中身を確認していると「……追い出さなくてもいいじゃない」とボソボソと抗議の声が聞こえた。
麻琴は自宅に居たくないらしく、外出先にウチを選ぶ。
単純に母に会いたいがために来るのだろうけど、来ても特に何かをするでもなく、勉強道具を持ち込んで黙々とやっている時もある。
「なんかー、留衣楽しそうね。何かあるの?」
俺の素っ気ない態度が不満なのか、麻琴はふいに問い掛けてきた。
「えっ?いや、別にっ!何で?!」
浮かれているように見えただろうか?
それとも冷蔵庫の中身が見えたのだろうか……。
「別にぃ、だって年末でもないのに家中ピカピカにしてるし……鼻歌歌いながら床磨くって可笑しいなと思っただけ」
鼻歌歌ってたか?!
まさかぁ……危ない危ない、これはカマ掛けられている。
落ち着こう……バレたら居座られてしまう可能性が───ピンポーン。
麻琴の追及に助け舟とばかりに俺は玄関に飛んでいった。
だが母の帰宅にしては早すぎるし、そもそもチャイムは鳴らさない。
来客の予定もないし、誰だろうか?と思いながらも2つ返事で玄関を開けた。
「こんちはー、久し振りだねぇ……って留衣君?大きくなったねぇ!」
「……みやびちゃん?」
一瞬[全身硬直]に陥った。
目の前に数分前に話題となった北条雅、本人が笑顔で立っていた。
「芽衣は?あ、荷物とお土産、はい」
「えっ?あ、は?はい、いや、母はみやびちゃんを迎えに……」
「あぁやっぱり?それがねぇ、行き違いになったのかなぁ、連絡つかなくて、もう直接来ちゃえって思って来ちゃった」
えへへ……と苦笑いする雅ちゃんに俺は何も返せず同じようにエヘヘと笑った。
ずかずかと家の中に入っていく雅ちゃんの荷物とお土産を持って後に続くと「あらぁ、留衣君の彼女?お邪魔しちゃったかな?」と麻琴と対面していた。
正直[しまった!]と思った。
会わせたくはなかったというのが本音。
理由としては[面倒臭い事になる]気がするからだ。
「全然、全く違う!絶対違う!!こいつは只の友達!な!友達!」
焦って全否定する俺にムカついたのか麻琴は目を吊り上げた。
不可思議な顔をする雅ちゃんに疲れただろうからと麻琴の向かい側に腰をおろさせた。
そこ以外に寛げる椅子がないからだけど。
「改めて、こんにちは。私は」
「芽衣さんの親友の北条さん、ですよね。初めまして、私は安住麻琴です。芽衣さんの[娘]になります」
「は?」
俺が雅ちゃんのために冷茶を入れている間にとんでもない自己紹介が行われてしまった。