5月・麻琴の事情:12
帰宅すると上機嫌の雅ちゃんと落ち込む公平の間にトランプが散乱していた。
二人でトランプ遊びをしていたらしい。
「公平、雅ちゃんにトランプで勝てた事あったか?」
「…………」
「無謀だな、雅ちゃんはトランプで負けた事がないんだぞ。何か賭けてないだろーな?」
「……有名店の限定シュークリーム」
「母と俺の分もよろしく」
ソファーに倒れ込んだ公平の背中を叩いて慰め、俺は救急箱を取りに動いた。
母は汚れた足を洗ってリビングに現れ
「どーしたの、その手?何したの?」
腫れた手を雅ちゃんに見つかって咎められた。
[他人の家庭に口挟んで家庭崩壊を促してきました]などと言える訳がない。
俺がため息を吐いて消毒液を取り出すと「うん……」と母は言葉を濁しながら足を出してきたし、雅ちゃんは想像力をフル回転させて理解したのか、深く追及してこなかった。
さすが、親友歴ウン十数年だよな。
足の裏には2、3個小キズがあるだけで大したことはなく、手に湿布を貼って包帯でぐるぐる巻きにしてやる。
無茶をした罰だ。
「そんなにしなくても……まぁ、ありがと。雅、呑む?」
「当然!それを楽しみにして来たんだから」
「「留衣<君>、何か作って」」
処置が終わると直ぐに母は雅ちゃんとはしゃぎ始める。
まったくゲンキンな母だ。
公平がソファーから顔を上げて俺を覗き見た。
頼まれ事をされた俺の[困ったような嬉しいような]喜んでいる顔を見るためだ。
「太るぞ!」
などと毒吐きながらもキッチンに向かう。
適当に練り物と野菜を切って、揚げ物を出し、「んじゃ、俺寝るから、片付けといてよ。おやすみ」と声をかける。
「んー、おやすみー」「おやすみー」
と明るく返事をしてくるテンションの上がり始めた二人を残して、間におさまろうとする公平を引き連れて自室に向かった。
呑んだ後[片付け]をして寝た事がないのは知っているが、決まり文句だ。
二人だけで賑やかに愉しそうに笑い声をあげる姿を目の端に映す。
『大切なモノの為に強くならなきゃ……母親だから』
布団に入り、落ち着いてくると思い出してくる。
母はまるで自分に言い聞かせているようにその言葉を吐いたように思えた。
その言葉の後、麻琴の母親は離婚すると言った。
母もそうやって決断してきたのだろうか。
何かの為に何かを諦めて、何かを守って生きる為に、何かを捨てたのだろうか。
俺には解らない事だけど、母が笑って居てくれるように俺に出来る事を出来るだけしていこう。
そう思いながら眠った。