5月・麻琴の事情:10
パシンッ!!「?!」と、その腕を今度は俺が掴んで振り下ろされるのを阻止した。
「なっ、何だお前?!」
「もっと周りみたほーがいいよ、オッサン」
ずっと眺めていた俺の存在に気付いて無かったとか、どんだけ鈍いんだろうか。
再び母を殴らせる訳にはいかなかったとはいえ、食べ物や陶器の散らばる場所に踏み込むのは勇気がいった。
足の裏がねちょねちょする。
「……留衣」
震える小声で呼ばれて目を向けると、麻琴が強張ったまま泣いていた。
……麻琴って、泣くんだな、少し驚いた。
「……っ!はな、せ!」
「あんた、殴る事しか出来ないんだね。人はね、言葉を発して自分の意思を表現出来るの、恥ずかしいなら文章にしてもいい。他人に自分を理解してもらいたいなら暴力以外で表現しなさいよ」
俺から腕を振りほどいた父親は悔しそうに顔を歪め、追い打ちをかける母の言葉に声を詰まらせた。
「た、他人にとやかく言われる筋合いはない!人の家庭に土足で踏み込んでくるな、さっさと出て行け!」
苦々しい顔でそう怒鳴り散らす父親に俺は〈その通りだけど〉と内心ため息を吐き、母は反論もせず立ったままだった。
「…………では、お言葉とお」
「もう嫌!!」
少しの間睨みあっていた母が息を吐いて動き始めると、その後ろから母親が喚いた。
母親の顔は口元や目元が赤く腫れていて、殴られたのが見てわかったし、捲れた袖口から覗く腕にも青アザが見えた。
「もう、嫌……ずっと、ずっと我慢してきたけど、あなたの女遊びも、暴力も、もう嫌!もうやめる!別れる!」
「ママ……」
母親は泣きながら喚いて、顔を覆って泣き崩れた。
母親の発言に父親は茫然として立ち尽くし、俺は戸惑って母を見た。
母はそっと手を伸ばして崩れ落ちた母親の背中をさすりながら「うん、ごめんね……ごめんなさい」と謝り続けた。
俺は何も出来なくてただ突っ立って見ているだけで、近くにいた麻琴も突っ立ったまま母親の泣く姿を見て泣いていた。
こういう時、子供は何も出来なくて幼稚だなと知る。
それでも修羅場は終息を迎えたようで、離婚を告げられた父親は「勝手にしろ」と在り来たりな台詞を残して乱暴に家を出て行った。
「あ、り、がとー…………」
母親が泣き疲れて落ち着きを取り戻した後、俺達は帰宅することにした。
母が慰めている間に俺はグズグス鼻を啜る麻琴と部屋を片付けた。