5月・麻琴の事情:9
「……芽衣さん」
麻琴の声が涙汲んで聞こえた。
緩んだ娘の腕の中から母親が顔を上げて怯えた表情を覗かせた。
「アンタが、間か……麻琴をタブらかしてる男の親か」
は?
誰が誰をタブらかしてるって?
頭可笑しいんじゃないのか、あのオヤジ。
俺は一瞬でイラついた。
そもそも母が割って入ったとはいえ、母を殴るとは……その時点で気に入らない。
「ちょっ、何言ってんのよ、バカな事言わないで!芽衣さんは」
「息子は麻琴さんとまだお付き合いなどしてませんよ。そんな事より……大丈夫ですか?掃除、手伝いましょうか?」
焦って抗議する麻琴を遮り、見下してくる父親を無視して母は怯える母親に柔らかな声を掛けた。
その掃除の手伝いって、俺がするのかな?
母の苦手な家事だよな、掃除。
「あ、あの……わ、私……こんな、こんな所に……」
「平気ですよ、ウチも似たようなものですから。今度ウチに遊びに来て下さい、美味しいプリンをご馳走します」
それ、俺に作れって事?
掃除出来てないのは母の部屋だけだから!
他はちゃんと掃除してるからね!
震えてまともに話せずにいる母親に母はとても優しく笑顔を向けて話す。
その後ろで放置された父親はわなわなと震え、歯を食い縛っていた。
「奥さん、他人が口出す事でもないし、家庭の事情を詳しく知っている訳でもないけど、麻琴ちゃんに青アザ出来てるの私知ってます……だから同じ母親として言わせてもらいたい」
母は後ろから漂う怒りに負けないほどの怒りを表情に出し振り向いた。
睨み付けてくる目が合うと母は
「こんなクズ、さっさと捨てちゃいな」
冷めた声で言い捨てた。
「大切なのは子供の平和な日常。それと併せて自分の平常心。自分が乱れた心でいたら子供は直ぐに感じとる……大切なモノ、キズつけたくないなら少しくらい辛くても大切なモノの為に強くならなきゃ……母親だから」
母は凛としていた。
俺には母の言葉の意味がよく解らない。
たけど、麻琴の母親には理解出来たようで、声を押し殺して涙を流しだした。
「何を勝手な事ベラベラとっ!何様だお前!!」
放置されていた父親は怒り爆発した様で母に噛み付きまたも腕を振り上げる。