5月・麻琴の事情:8
母はじっと中を直視して立っていた。
これは恐らく[父親による家庭内暴力]の跡。
麻琴に庇われているのは麻琴の母親で、二人を睨み付けているのが麻琴の父親。
落ち着いて中を見てみると部屋を仕切る襖戸も破れてテープが貼られ、食器棚にも幾つかキズがついてある。
足元の廊下にも陶器の破片は飛んで来ていて、歩くと危ない。
「お前はまた……何時だと思ってるんだ、女が暗くなるまで外を彷徨くなと何度言えば分かるんだ!」
「アンタに説教する権利なんかない!ママに手を出さないでって何度言えばいいのよ!そんなにこの家が嫌なら外の女のトコに永住すればいいでしょ!目障りよ!出てけ!」
「!……生意気な!誰のおかげで暮らせてると思ってるんだこのっ!!」
父親が激昂して腕を振り上げ……バシッ!!と瞬間、鈍く肌がぶつかりあう音がした。
俺は目を見張った。
麻琴は殴られる事を覚悟で母親を抱き締め、目を閉じて身体を強張らせていた。
だが痛みは味会わなかったはずだ。
振り上がった腕の動きに素早く母が間に割って入ったから。
「っつ……!」
「だ、誰だ?!」
父親は狼狽えた……当然だ。
突然見ず知らずの人間が割って入り、振り下ろす腕を自らの手で受けたのだ。
〈母……〉
俺は心の中で焦りと呆れとが混ざった面持ちで息を吐いた。
「芽衣さん……」
「初めまして、私は麻琴さんと仲良くさせて頂いております間といいます。暗くなりましたので娘さんを送らせて頂きました」
母の登場に麻琴は力なく声を吐き、母ははっきりとした口調で、睨み付けながら挨拶をかました。
修羅場に乱入する珍客。
正に現状がその状況を現すにはちょうどいい。