5月・麻琴の事情:7
それでは、とアパートに入って行こうとする母に麻琴は慌てた素振りを見せた。
家の前までのことだと思っていたらしいが、「ああ、大丈夫大丈夫、いつも遅くまで遊ばせてるからね、挨拶しとこうかなって」と、母は進入阻止を試みる麻琴をヘラヘラと笑って押し退けアパートの階段を登りかけた。
が、直ぐに振り返り「2階だっけ?……205だったよね?」と笑みを溢した。
ああ…… アホだ。
麻琴は諦めたのか母の前に立って「308です」と案内をし始めた。
全然違うじゃないか。
ため息を吐きながら俺は後に続いた。
こんな母のどこがいいのかさっぱり解らない。
適当だし、気ままだし、子どもっぽいし……。
「ただいま……」
ぼそりと呟きながら軋む音を鳴らす玄関扉を開けた麻琴は、後に続く俺達に扉を預けた。
──ガシャーン!!
途端に陶器の割れる音が響き、麻琴は急いで靴を脱ぎ捨てドタドタと中に走って行った。
俺は母を見た。
母は明らかに怒りの表情を表し、無言のまま玄関を潜り、靴を脱いで麻琴の後を追った。
「なんなのよアンタ!!」
麻琴の怒鳴り声が聞こえた。
俺が家の中に入り、母の立ち尽くすガラス戸の側に辿り着くと中は[荒らしました]と言わんばかりの惨状だった。
ダイニングテーブルは斜めに、椅子は立っているのは1脚、あとはダイニングと敷居で仕切られて続く畳部屋に飛んで転がっていたり
テーブルの下に潜っていたり……テーブルの上は食事を並べてたんだろうなぁと思える食料がバラけて床にまで飛び散り、皿やグラスは砕け、裸足で歩くには危険な状態だ。
「そんなに嫌なら帰って来なきゃいいでしょ!!」
麻琴が怒鳴る。
ダイニングには麻琴が庇うように抱き締めている女性と、2人を睨み付けて仁王立ちする男性とがいた。
よく見ると母の側のガラス戸は割れて穴が空き、ガムテープで覆われている。