プロローグ 始まりは追放から
「弱い相手だったな。あれで討伐Dランクだと?」
リーダーのキリングがそう言いながら石を蹴飛ばした。最近購入したバスターソードを試せなかった事に腹を立てているらしい。
確かにキリングのいう通り肩透かしなクエストだった。「オークの群れを討伐せよ!」というクエストだったが、蓋を開けてみれば2匹のオークと4匹の子供オークだけ。群れというより家族だった。
クエストの難易度としては適当ではなかったと言える。辺境の村だからだろう、随分と大袈裟に報告されたらしかった。
「まあいいじゃねえか。報酬はたんまり貰えるんだからよ」
そう言いながら口笛を吹くのは盗賊のレッグス。キリングが大人オークを2匹と交戦している間に、レッグスの方が子供オーク4匹を素早く処理した。
「2人だけでよかったじゃん! マジで無駄足だったんだけど!」
唇を尖らせるのは魔法使いのジェミン。冒険者という立場ながらも良くも悪くもわがままな性格だ。実際ジェミンのしたことは洞穴の前で杖を構えただけだった。
「まあまあ。ジェミンさんがいてくれたおかげで皆さんが安心して戦えたんだと思いますよ」
そうフォローしたのがユーリン。パーティの回復役を務める僧侶である。性格も僧侶らしく非常に温和だ。生命と嵐を讃える聖オストリア教会の修道着を着こなし、水色の髪を一つに束ねている。
「ねえ、ロドンさん?」
ユーリンが俺に話を振る。クリっとした瞳が俺を捉えたが、思わず俺は目を逸らした。
「ソイツこそなんの役にも立ってなかっただろ」
皮肉屋のレッグスがそう吐き捨てた。
「オークの子供2匹相手に防戦一方だったじゃねえか。俺が手伝わなかったら死んでたんじゃねえの?」
「……」
レッグスの言うことは事実だ。前衛2人と共に俺もロングソードを握り、オークたちと対面した。しかしオークの子供相手に苦戦してしまい、俺は1匹たりとも倒せなかった。
「本当ロドンって使えないよね。ねえもう田舎に帰ったら? やっぱり『吟遊詩人』なんて何やってもダメなんだよ」
ジェミンの言葉は否定できない。吟遊詩人、それが俺の職業だ。楽器の演奏や歌うことで魔力を練り、現実に作用させるという職業だ。
要は魔法使いの一種なのだが、魔法攻撃などは一切できない。味方の身体能力を上げたり、敵のスピードを落としたりなどの効果しかないのだ。どれも効果は薄く、冒険者の中ではハズレ職業と言われている。
「まあまあ、ロドンさんが歌ってくれたおかげでオークの勢いもなかったわけですし……」
「オークが愚鈍だったのは元々あいつらがそういう種族だからだろ」
再びフォローしようとしてくれたユーリンの言葉をキリングが遮った。キリングは立ち止まると俺の方を見据える。
「ロドン。お前はパーティのやめろ。使えないお荷物を抱える余裕はウチにない」
いつか言われるかもしれないと考えた一言だった。しかし正面から言われるとグサリと胸に突き刺さる。だが食い下がらないわけにはいかなかった。
「ま、待ってくれキリング。確かに俺はまだみんなの役に立ってないかもしれないけど……。吟遊詩人のスキルや魔法はまだまだ研究段階なんだ。新しい魔法が見つかれば……」
「いい加減にしろ!」
キリングが吠えた。ジェミンがぴょこんと飛び上がり、ユーリンの後ろに隠れる。
「いつまでそんな夢物語みたいなこと言ってるんだ。吟遊詩人職の研究者なんてほとんど居ないことは俺だって知ってるぞ」
「そ、それは……」
「いい加減認めろ。お前が吟遊詩人になったのは吟遊詩人に向いてるからじゃない。剣士にも盗賊にも魔法使いにも僧侶にも向いていないからだ。お前は冒険者に向いていないんだよ!」
キリングはそこまで言い切ると、少し落ち着きを取り戻したのか、淡々と言葉を続けた。
「俺達は近いウチにC級冒険者試験を受けようと思っている」
初めて聞く話だ。冒険者はA〜Fまでのランクがあり、一定の依頼数と実技試験をこなすことで、ランクが上がる。俺達はEとDの試験は5人で突破してきた。
他の3人の反応を見る限り俺以外には伝えられていたらしい。
「C級試験は4人で受けようと思っている。お前はパーティから追放だ。ギルドに報告する準備もできている」
「……」
外堀は完全に埋められているらしい。ぐらりと地面が揺れている気分だった。
「明日の朝俺達は乗合馬車で首都に戻るが……お前の分の席はない」
「……わかった」
なんとかそう絞り出した。キリングが踵をかえしまた歩き始める。レッグスがニヤリと笑いその後に続き、ジェミンがわざとらしくスキップしながらその後に続いた。
「ロドンさん……。あの……」
ユーリンが小さな声で声をかけてきたが、俺は気づかないふりをして歩き出した。今彼女と話すと泣きだそうだったから。
◯●
夜。村の宿屋でパーティーメンバーが寝静まった後、俺は荷物をまとめて宿を出た。これ以上苦い思いはしたくないと思ったからだ。リュックサックには着替えと夕方のうちにかき集めた数日分の食料が入っている。そして愛用のギターに紐をつけ、襷掛けにして持った。パーティーメンバーと同じように、苦楽を共にした相棒だ。故郷を出るときに父親からもらった山高帽を深めに被る。
「ロドンさん!」
背後から声をかけられる。振り返ればユーリンが立っていた。髪は解かれ、夜風に美しく靡いていた。
「ユーリン……」
村のほとりにある井戸のヘリに腰掛ける。しばらく沈黙した後、ユーリンが口を開いた。
「明日もう一度キリングさん達にお願いしてみませんか。私も一緒に頼んでみますから」
「いや……やめとこう。俺も引き際だと思ってたんだ」
そう強がってみる。ほんとはまだまだみんなと冒険を続けたい。
「ユーリン。今まで世話になったな。俺がここまでやって来れたのはユーリンのおかげだよ」
ユーリンがプルプルと頭を振る。チラリとみると泣いているらしかった。やめてくれよ。こっちまでつられて泣いてしまうそうになる。
「じゃあ最後に一曲披露するか!」
俺はわざとらしく明るい声を出してギターを取り出した。題名は「アースグロブの山」実際に見たことないが大陸一大きな山をモデルにした歌で、吟遊詩人が歌うと低レベルな毒消しの効果が発動する。ユーリンはこの歌が好きでなんだか俺にリクエストをしてくれた。
川の中 光の中
輝く我らは 光と共に
アースグロブの山に
光が今日も降り注ぐ
城の中 緑の中
伸びゆく我らは 緑と共に
アースグロブの山に
緑が今日も生い茂る
風の中 未来の中
旅立つ我らは 未来とともに
アースグロブの山は
今日も明日も聳え立つ
2分ほどの短い歌だ。弾き終えるとユーリンは小さく鼻を啜った。
「お別れだな。最後に会えてよかった」
「ええ、元気で」
俺は手早くギターを片付けると。村を出た。ユーリンのことだから俺が見えなくなるまで立っていたのだろうけど、俺は振り返らなかった。
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