11話「絶対に怒らせてはいけない人物」
――国王視点――
早朝、カイテル公爵が王宮を訪ねてきた。
夜明け前だが急いで身支度をして、応接室へと向かう。
「カイテル公爵、お待たせしま……ひっ」
カイテル公爵はこれから戦争に行くのではないか、と思うぐらい殺気に満ちたオーラを放っていたのだ。
誰だ!
どこのアホだ、カイテル公爵を怒らせたのは!
即刻、打ち首にしてくれる!
「浮気、婚約破棄、冤罪、突き飛ばし……!
ベルンハルトがそんな愚かなことを……!」
カイテル公爵の口から、昨日ベルンハルトが学園でやらかしたことを聞いて背筋が凍った。
馬鹿だとは思っていたが、ベルンハルトがここまで浅はかだったとは……!
よりによって学園で教師や生徒たちの見ている前で、カイテル公爵家の令嬢レーア嬢を罵倒し、冤罪をでっちあげて断罪したのみならず、勝手に婚約破棄を言い渡すとは…。我が息子ながらなんと愚かなことか。
しかもレーア嬢のメイドが事の一部始終を録音している。
言い逃れできない……!
カイテル公爵は、レーア嬢を目の中に入れても痛くないぐらい可愛がっている。
カイテル公爵は剣神のスキル持ち、公爵夫人は魔女のスキル持ち、レーア嬢は単身で一万の兵士を倒せる実力の持ち主。
この一家を怒らせたら即日王都が、いや国が、いや大陸一帯が焦土と化す。
ベルンハルトのあほボケカス!
レーア嬢と婚約させるとき、絶っっっっ対にカイテル公爵を怒らせるな!
レーア嬢には敬意を持って接しろ!
浮気など以ての外だと、あれほど言い聞かせたのに……!!
「第一王子が我が家の可愛い、可愛い、レーアを公衆の面前で突き飛ばし、レーアとの婚約破棄をすると言ったことは説明したよね?
しかもそのとき第一王子はシフ伯爵家のあばずれ令嬢を腕にぶら下げて、
『ハンナを階段から突き落としたのが貴様だと言うことは分かっている! 謝罪しろ!』
と言ったそうだ」
カイテル公爵の圧がすごい。
余の足がガタガタと震え、歯がガチガチと音を立てる。
「第一王子は日頃から、学園での生徒会の仕事や王子としての執務の大半をレーアに押し付け、試験では首席を取らないようにレーアを脅していたそうだね。
まぁ、首席を取らないようにレーアを脅したのは、学園の教師の「配慮」だけど。
そもそも王子が優秀だったなら、教師たちが生徒にわざと成績を落とすよう脅すなどという教育者にあるまじき不誠実な不正行為を自ら行う必要に迫られなかったよね?
陛下もそう思いませんか?」
「ま、ままままま……誠にそのとおり!
カイテル公爵のおっしゃるとおりだ!」
「さて、家のレーアは深く傷ついているのですが、陛下はご子息の不始末に、どう対処するおつもりかな?」
「カイテル公爵!
息子の非礼をお詫びする。申し訳なかった!
その……余とそなたの仲だ。
ベルンハルトのことなのだが、若気の至りと言うことで一度だけ大目に……ひぃぃっ!!」
カイテル公爵に睨まれおしっこを漏らしそうになった。
「婚約破棄は第一王子が言い出したこと。
臣下であるカイテル公爵家は、謹んで婚約破棄を受け入れますよ」
「そ、そそそそそ…………それは困る!
カイテル公爵家の後ろ盾を失ったら、息子はベルンハルトは……」
カイテル公爵家の後ろ盾がなくなったら、ベルンハルトは王位を継げなくなる。
「それはそちらの問題ですよね?
まさかとは思いますが、これだけの問題を起こした第一王子を、まだ王位に就かせようとか……そんなこと考えてませんよね?」
その時に鈍く光ったカイテル公爵の目は、戦場で人を斬る目だった。
あまりの恐怖におしっこをちょこっとちびった。
「ベルンハルトとレーア嬢の婚約はベルンハルトの有責で破棄とする。
今日中に書類を作成する」
「今すぐ作成してください」
カイテル公爵の目が鈍く光る。
「今すぐ、朝イチで婚約破棄の書類を作成する!
王家からは多額の慰謝料を払う。
騒動を起こしたベルンハルトからは王位継承権を剥奪し幽閉処分と……」
「はぁっ?」
カイテル公爵がゴキブリを見る目で余を見ている。
つ、潰される!
カイテル公爵を怒らせたら、余などゴキブリのようにブチッと潰されるっっ!!
「ベルンハルトの王位継承権を剥奪、王族から除籍、平民となったベルンハルトを牢屋に入れる!」
「まさか貴族の使う牢屋ではないですよね?」
「断じて違う!
罪人と一緒に地下の牢屋に入れる」
ちょっとだけ貴族牢でもいいかなと考えてました!
すみません!!
「またベルンハルトに虚偽の訴えをしカイテル公爵令嬢を陥れたシフ伯爵令嬢は、伯爵家から除籍処分とし修道院に……」
「まさか修道院送りで許す気ですか?
可愛いレーアをはめた女なのに?」
カイテル公爵が眉間にシワを寄せる。
怖いよ〜〜! お母様〜〜!
余はカイテル公爵の威圧から一秒でも早く解放されたかった。
「シフ伯爵令嬢は、伯爵家から除籍処分とし牢屋に入れる。
シフ伯爵には娘のしでかした事の責任を取ってもらう。
シフ伯爵は爵位を弟に譲り、隠居することを命じる。シフ伯爵家は二階級降格とし男爵家と……」
「ちっ……!」
カイテル公爵が舌打ちした。
止めて! 舌打ちしないで……!
「シ、シフ伯爵には娘のしでかした事の責任を取ってもらう。
シフ伯爵家は取り潰し。
平民となったシフ伯爵夫妻は強制労働所送りとする!」
「まぁ、いいでしょう。
五十点です」
えーー!! あれで五十点なのーー!! 余も結構頑張ったのにーー!?
五十点でもいい! 余の命が繋がったのだから!
「息子の教育を間違えるからいけないのですよ。
それと欲をかきすぎましたね」
勇者の血を引く公女を王太子妃に、ゆくゆくは王妃にと思った余が間違っていた。
欲を出したことが仇となった……。
「それから、王家に仕えるのは私の代で最後にします。
娘や息子は王家に仕えさせない。
私は今日で宰相の職を辞します」
カイテル公爵の言葉を聞いて、全身の血が抜けていく感覚に襲われた。
「カイテル公爵、それだけは勘弁してくれないか!
カイテル公爵家からわが王家が見放されたら……王家は、いや王国が存続できない!」
勇者の血を引くカイテル公爵家の人間は、一人で十万の兵に相当する。
カイテル公爵家が王家から離れたら、あっという間に国が傾く。
「そう思うのなら、息子にもそのことを伝え、レーアを傷つけないように、しっかりと教育しておくべきだったね」
仕事が忙しく、王妃に教育を任せたのが仇となった。
王妃は国外から嫁いで来たので、カイテル公爵の力について、今ひとつ理解していなかったふしがある。
そうか……余は、王妃選びから間違っていたのだな。
「しかしカイテル公爵、カイテル公爵家がエーダー王家を守護し仕えるのは、三百年前に初代国王と勇者が交わした契約……」
「その契約の有効期限は百年。
とっくに契約期間は満了している。
王家とカイテル公爵家では契約書も交わしていない。
カイテル公爵家が王家に仕えるというのは、いわば初代国王と初代カイテル公爵の単なる口約束。
今までカイテル公爵家の累代がだまってずっとエーダー王家に仕えてきたのは、ご先祖様への義理みたいなもんでね」
「そんな……」
まさか、初代国王と初代カイテル公爵の間の、子々孫々受け継がれると疑いもしなかった臣従の約いが、百年の有期限だったなんて。しかもただの口約束で、約束を守り続けていくための契約書も何もまったく交わしていなかったとは……!
いや契約書を交わしていたとしても、二百年前に契約期間を満了しているのでは、いまさらどうにもできないが。
「今までは他に仕えるべき主にふさわしい人間が見つからなかったから、約束の期間が過ぎた後も二百年間、なんとなくただ惰性でエーダー王家に仕えてきた。
だが、レーアが新たに仕えたいと思う人間を見つけたみたいなんだよね。
なので僕たちもそっちに鞍替えしようと思う」
「その者の名を聞かせてもらっても良いかな?」
「オーベルト男爵家のミハエルくんだよ」
「そうか……」
カイテル公爵に急かされ、ベルンハルトとレーア嬢の婚約解消の書類を作成した。
それからベルンハルトとシフ伯爵令嬢、シフ伯爵家への処分も上に記した。
書類に王印を押すと、カイテル公爵は書類の控えをアイテムボックスにしまった。
アイテムボックスが使えるのも、カイテル公爵家の者だけだ。
「それではごきげんよう陛下。
二度とお会いすることもないでしょう」
そう言ってカイテル公爵は音も無く、応接室から消えていた。
余はどっと疲れが出て、背もたれに体を預けた。
額に触れると熱があった。
そのままベッドで寝たかったが、余にはまだやることがある。
カイテル公爵家の後ろ盾を失ったエーダー王家は、滅びの道を進むことになるだろう。
余の代でエーダー王家は終わるかもしれぬ。
王家とは逆に、そのオーベルト男爵家とやらはカイテル公爵家の後ろ盾を得て国で一番に栄えることとなるだろう……いや、力をつけさっさとこの国と王家から独立するかもしれんな。
その前に、これらの原因になった奴らに裁きをくださねば。
☆☆☆☆☆
読んで下さりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。
執筆の励みになります。




